趣味Web 小説 2011-10-12

夢依存症と「生きている意味」

「現実を再認識して夢が閉じてしまうこと、それが一番キツかった」

夢なしで生きられない人は、夢依存症。リンク先の記事の書き手のような方に、「新しい目標を持つ」ことを勧めるのは、私は反対。反対だが、ときに対症療法も必要になることは認めるから、消極的には認めてもよい。だが、目指すべきは「目標なしに楽しく生きていける」状態。夢依存症の克服こそ、真の対策だ。

私は昔から「**でなければ生きている意味がない」という類の言説が嫌いだった。それでは寝たきりでうつらうつらしているだけの曽祖母は「生きている意味がない」ことになる。寝たきり老人の「生きている意味」を家族の気持ちに求めるのも、とても賛成できる考え方ではない。それでは「家族のいない人の命は、家族のいる人の命より価値が小さい」という結論が導かれてしまうではないか。

私はこの問題について「人の命は平等」という結論を決め打ちしているので、その結論を否定する主張は却下する。私が「人の命は平等」を実践できているわけではないが、そこに理想があればこそ、現状に満足していないのであって。

ともかく、「生きている意味」など考える必要はない。「生きていること」は、それ自体が価値。他の何かで説明するのは、全部アウト。ただ……「生きている」の定義が問題かな。人体の単位では死んでも、細胞の単位では生き続けられるしね……。この方面から攻められた場合の反論は「検討中」の状態が続いている。

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