趣味Web 小説 2011-11-03

給料は、そんなこととは無関係に決まっている。

1.

これは現状認識が間違っていて、給料なんてのは、需給で決まっているだけ。給与は、「必要な生産性」と「企業が許容できる平均離職率」を実現する最低限の水準になる。人余り社会では、多くの人が運よく獲得できた職にしがみつくから、生産性が上がって会社の業績がよくなっても、給料はなかなか増えない。

「好きなことをしてるんだから貧乏OKだよね!」という人、たしかにいる。「給料=がまん代」という人も、いる。その思想は表裏一体かもしれない。が、実際の給料は、そんなこととは全く無関係に決まっている。多くの人が、給料が決まる仕組みを理解しないで、勘違いしたまま言葉を発しているに過ぎない。

2.

同じような誤解として、会社全体の生産性が上がったとき、自分たちの給料は上がって当然、という考え方がある。関係ないよ、そんなの。給料を上げないと会社が持たないなら、赤字でも給料は上がる。黒字でも給料を下げられるなら下げるのが、自由経済における民間企業の行動だよ。

労働者の能力は同じでも、勤務先次第でアウトプットは増減するわけなので、生産性というのは従業員個人には還元できない部分がある。1960年代の日本では、人手不足で給与水準がどんどん上がり、生産性の低い企業は、仕事がたくさんあっても人件費が賄いきれずに倒産した。従業員たちは、さっさとライバル会社に再就職し、もっと給料が上がった。商品の価格が同じでも、設備や仕事の仕組みづくりがうまい会社は、給料をたくさん払ってもなお利益を出せる場合があるのだ。

他方、「銀行員の給料は不当に高い。不況なんだから、銀行員だってもっと安い給料で雇えるはずだ」と思う人も、世の中には多い。だが、社員の平均年収280万円の銀行が成り立つなら、自由経済なのだから、誰かがその条件で新規参入し、ボロ儲けしているよ。たまたまこれまで誰もやらなかっただけ、という可能性はゼロじゃない。でも、銀行の歴史は長いので、可能性はかなり低いと思う。

3.

GoITOさんが「そんな報酬では仕事をしない」といったとき、「じゃあ他の人にお願いすることにします」となるなら、GoITOさんの仕事は代替可能なもので、報酬は市場に制約されていることになる。もしそうではなく、独占市場だったなら、競争相手がいないので、交渉の問題になる。

社会に誤解が蔓延しているなら、それに乗っかって交渉を有利に進めようとするのはおかしなことではなく、交渉の現場で「好きなことをしてるんだから……」というクライアントがいるのは、私には理解できる。GoITOさんは「そんなことは関係ない。私はそんな安値では仕事を請けない」と突っぱねればよろしい。

結果、仕事を干されてしまったとすれば、やっぱりGoITOさんの報酬は市場に制約されていて、「GoITOさんと高値で契約するより、契約しない方がマシだった」という話に過ぎない。

Information

注意書き