花丸横丁デパート 5F

鉄板焼屋

デパチカの逆襲

 どうでもいいが「デパチカ」という言葉が嫌いだ。
 ロシア語のように聞こえるが、これは「デパート地下」の略で、転じてそこにある飲食店のことを指す。どうしてこんな語感の悪い言葉が流行ったのかは知らないが、こういう言葉を振り回す奴に限って流行に乗り遅れまいと必死になっている馬鹿であることは特筆に値する。
 ともあれ、デパチカの話である。
 色々な食品店があるが、その中でも必ずあるのが鉄板焼きの店だろう。たこ焼きとかお好み焼きとか扱っているアレである。
 日曜日、僕はおいしいと評判の店でクリームの入った今川焼を頼んだ。特価70円、安い。店員は「ただいま作っておりますので十分ほどお待ちいただけますか?」と訊いた、僕は頷くと金を払い引換券を貰う。その場で食べれる店だったので、座席についてしばし待った。
 が、いくら待っても今川焼はあがらない。いらいらしてカウンターを見るとオバサン衆が「安いわね」とかいいつつ買って行くではないか、30分待っても連絡ひとつ来ないとは尋常ではないので、レジのお姉さんに引換券を渡すと事情を説明した。
 ところがこのお姉さん、僕が精算した人とは違う人で何を云っても理解できないらしく「お引き換えできません」の一点張り。
 僕は頭に来てレジを後にした。
 そしてデパートのお客様相談コーナーの用紙に事情を簡潔に説明し電話番号と氏名を記載の上、引換券を添付しポストにはたきこんでやった。
 それからが大変だった。
 店長が夜の八時になると電話をしてくるのだ。僕はこの時間は家にいないのだが、お詫びをしたいから住所を教えてくれと云う。菓子折持参で謝りにくるという。たかだか70円でそこまでして貰うほど鬼畜ではない。
 僕は母にその旨話して伝えてくれるように頼んだ。
 翌日も電話がかかってきており、母がそういったが、それでは店長は納得がいかないという。結局三日間ほど毎日店長から電話があった。
 逃げ隠れしていたわけではないが、僕は薄ら寒い物を感じた。
 そして週も終わろうかとする頃、なんとデパートのナントカ長が家に電話をしてきたというのだ。そして丁重に謝った上で、今後同様なことがないように努力しますのでこれからも当店をご利用下さい、といったそうだ。たかが70円でこの騒ぎである。
 僕はただバイト生の態度にむかついただけだ。おそらくここまでの騒ぎなら彼女は馘首されただろう。引換券には担当者の名前が書かれている。
喫茶店

ガキどもがよ

 多弁なクチなのでよく誤解されるのだが、一人でいるときは静寂なところを好むし、人混みは嫌いである。ただまあ嫌い、というだけで我慢が出来ないとか拒否反応を起こしたりはしない。念のため。
 都会で割と落ち着きたいとき、そのオアシスはまさしく喫茶店であろう。
 一年中快適な温度に包まれて、うまい珈琲を飲みながら心地よく響くBGMに耳を傾ける。手元に文庫本でもあれば天国である。
 さてそういう天国において、僕の宿敵たる獄卒は高校生である。
 いっておくがうるさいものの代名詞のように云われているオバサンはさほどうるさくない。これはとりもなおさずくそガキどもが自分達を除いてうるさいオバサンをスケープゴートにあげているだけで、迷惑というほどうるさいのはいない。不景気のせいもあろうが。
 で、問題の高校生である。
 あいつらは群れる、しかもその会話内容や声のでかさといえば動物園としかおもえん。その話の低俗さ、卑わいさ、音量いずれも高等教育機関の学生とは思えない。しかも敵は天晴れなもので空白の時間というのがない。平日の昼間とか終電去りし深夜とか、少なくとも僕の高校時代であれば絶対街中にいない時間帯にも奴らはいるのである。
 何故高校生って解るかって? 制服着てるからに決まってんじゃん。
 僕の経験に寄れば高校というのは朝の八時半に始まり、一五時に終わるまで校内に拘束されるものだと思ったのだがとんだ見込み違いのようだ。繁華街はいつでも高校生が溢れかえっているように、喫茶店にも高校生が溢れている。
 まさか脅したり殴ったり出来る相手とも思えないので、僕は消極策として奴らのいない店に行くことにする。値の高い店はちょっとこっちがいたいので、次善の策としてスターバックス(最近のブームでいられなくなってしまった、昔はあいつらはマックに集まるので穴場だったのだが。)やドトールの「競合店」であるところの個人経営系の店に行くようになった。
 こういうところは大抵追随路線で値は下げるものの、大手にはかなわず若干高めである。たまに大手が満員だったりすると、流れてくるガキはいるけど、概ね静かである。僕はこの値段を「静寂料」として受け入れ払っている。
 なんせ僕はお茶を飲みに喫茶店に入るわけではなく、その環境を買っているのだからね。
寿司屋

野暮天の通人気取り

 よく「粋」やら「通」やらを自称して業界用語を連発する奴がいるけど、あれはなんなのかね。そういう行為自体が世間では「野暮」といわれることに気がついていないのかね。
 業界用語というか、符丁って云うのはそもそも客に悟られずに意思を疎通させるために作られた物であり、たとえそれが形骸化した物であっても客の側からそれを云ってはオシマイなのである。
 寿司屋の言葉を考えると実にわかりやすい。
 まあ普通に生活していれば「シャリ」が飯、「ムラサキ」が醤油、「ガリ」が前の国連事務総長ではなくて生姜であることは解る筈だ。解るから既に符丁の意味はないんだけど、それでもそんな言葉を使うのは「粋」でも「通」でもなく、馬鹿で野暮なだけであることは知るべきであろう。
 僕自身は格式ある寿司屋などにいくことはなく、行くとすれば回転寿司だがここで「ガリ」とかほざくのは大抵赤ら顔のデブなオヤジである。無知無教養を体から発散させているような輩はむしろ愛すべき存在であり、目くじら立てようとは思えないが、これが貧乏なくせに見栄を張っているバカップルだと、そうはいかない。
 先日某チェーンの回転寿司に入ったところ、一組のカップルがまさしくそれだった。男は軽快に注文を繰り返すと(回転寿司で注文できるというのは案外知られていない)「ムラサキたりないよ」とかなんとか得意そうに業界用語を彼女に吹聴していた。馬鹿な男には馬鹿な女がつくもので、目を潤ませて彼氏を見た女は、「なんて物知りでカッコいい人とつきあったんでしょう」と自らの幸運に恍惚としている。
 とにかく回りの呆れた空気にも関わらず(注目されたと思ってんだろうな)大声でまくしたてる男の甲高い声が不快だったので、冷や奴をつついて早々に退散してしまった。
 僕の友人に銘店の寿司屋の子息がいるが、あの男が後をついだ暁には私設用心棒となりカウンターの隅でタコやイカでも食っていてやろう。そんでハイソなバカップルが現れて得意にウンチクを振り回したら、引きずり出して蹴りの一つでもくれてやろう。
 場所柄を弁えない野暮天にはそれくらいの罪があるのだ。
ドーナツ屋

相性最低

 今でこそ僕の街には四軒もミスドーことミスタードーナッツがあるが、その一号店ができたのは僕が中学校三年生の頃であった。
 当時、僕は大金持ちで浪費癖の激しい、まるで御大尽のようなクラスメートの幇間みたいな真似をして小遣いを稼いでいた。今幇間のような、と書いたが別に僕は彼の命令を聞いたわけでも敬語を使っていたわけでもなく、ただ彼の余人にはとてもつき合い切れぬ低俗なホラ話につき合っていただけだ。
 ともあれ、初めてミスドーが出来たとき、僕は彼に頼まれて御相伴に預かることになった。僕自身「たかがドーナツに百円(当時の僕には大金である)も払って腹のたしになるものか」と思ってたので特に関心はなかったが、奢ってくれるなら話は別だ。
 店内はオープン当初というわけで異常に混んでいた。食事時ではなかったが、いわゆる放課後ラッシュという奴で、他校生の姿が殆どだった。僕らは何とか二階席に腰を落ち着けた。彼は早速「適当に注文する」といって階下に消え、戻ってきたときは山のようなドーナツとともに現れた。気を利かせたのか僕の好物であるメロンソーダ(恥ずかしい飲み物だ)まで買ってあった。
 僕は勝手に手を伸ばすと食べ始める。当たり前のことだがドーナツだ。甘いものはあまり得意ではないため、個人的に来ることはないだろうなあ等と思いながらチョコやナッツのついたのを食べた。
 と、鼻水がやたら出てくることに気がついた。風邪でもひいたかなとメロンソーダを飲もうと唇をストローに近づけたとき、鼻血がメロンソーダに落ちた。
「おめーなにしてんだよ」と相方は狂喜する。手で鼻を押さえた。すっかり血に染まった指が見えた。
 とにかく卓上のナプキンで鼻を押さえるとトイレにかけこんで全て処置した。甘いものは何度も食べたが、こんな体たらくは初めてだった。もう食欲はすっかり消え、適当に話をして切り上げた。「一人ではたべきれん」ともちかえるよう云われたが堅く固持した。
 さて、彼からはこの後何度も誘われたがさすがに行く気はしなかった。
 それでも高校生になってから一度、個人的に行ってみる機会があった。別の友人に誘われ、断ることが出来なかったのだ。あまり事情を話したくない事件であるから。
 で、僕はそこでまた鼻血を出してしまったのである。
 相性の問題なのか単なる偶然か、どちらにせよあまり僕は行きたくない。
居酒屋

セットメニューと仲間の愚

 なにが馬鹿だといって居酒屋でセットメニューを頼むことほどアホなことはない。単品で注文した方が好きな物が好きな量だけ楽しめるし、安上がりなのは目に見えておる。セットメニューを、しかも原則1人2000円という限界線を考えれば、セットメニューで出てくる料理は葉っぱばかりの味気ない物になるのは目に見えている。
 事実廉価のセットは一人2000円も取る癖に20分で全部食べてしまう。これが単品ならば2時間は粘れる。絶対量が少ない上にロクな料理が出た試しがない。店は儲かり、我々はつまらぬ思いをする愚行の極みである。とにかくセットメニューは馬鹿が頼む悪魔の所業であり、到底大学生の如きが講じる手ではない。
 ところが、アソビ慣れぬ我が大学の友人連はこのセットメニューが大好きなのだ。このHPは大学の友人連も見てはいるが、殊これに関しては筆は曲げぬ。大いに罵倒させていただく。
 まず我が友人連を見ると居酒屋に集まるのを旅行やパーティーと勘違いしている節がある。とかく「飲み会」というと身構えて、仲間全員の予定を調べ、空いている日に印を付ける。大抵それは言い出した日から一月後である。結局十人以上の大所帯で繰り込むことになり、セットメニューになるのである。当然その時々の気分で飲むことなどは範囲の埒外で、酒宴を提案してもそこに一人仲間がいないだけで「いじめはやめよう」とのたまう奴、いい加減にしろ。
 また居酒屋に入っても「セットメニュー、をオススメしまあす」と女の店員に云われただけで、独断で決める馬鹿、これもいい加減にしろ。大体我がメンバーは思春期以降女と口も利けない童貞が多いため、女の弁は何でも聞く阿呆がいる。テスト前に甘言に乗せられて、一年分のノートを貸して盗まれるなんてザラである。始末が悪いのは女にいいところを見せようとしていきなり「山田、彼女に国際法のノート貸してやれよ」という馬鹿。お前、普段は呼び捨てにしないし、丁寧語で喋ってんだろう。
 更に云うと意地が汚すぎる。僕は相当世間的に見れば下品な方だが、食事中の最低のマナーは守る。食事が来て置きもしないうちから手を出したり、一人で等割分以上は無断で食べないし、公平を期すと称してなんでも半分には分けない。セットメニューが酷いときは十五分で終わるのは、意地汚い食材の奪い合いと相手より多く食おうとする早食いの所作である。
 早い話、僕は大学ではことあるごとにある酒宴を全てキャンセルしているのはそういう事情である。今回は仲間内のを挙げたがゼミコン等もそういう風潮はある。ただ仲間内は遊び慣れていない点か、一際その下品が目に付く。一定の心あるメンバーは全員酒宴にボイコットしている点からも、いい加減彼らにも自らの所業を自覚して欲しい物だ。
 まあ、関係ないと云えば関係ないが。
レストラン

ホテル街の悪夢

 前回、少々仲間の悪口を書きすぎたが、今度も似たような話である。ただ、前回もふれているように僕は仲間の半分しか砲撃していない事に留意されたい、またこれは一般の読者のためにも云っておくが、我らが「OGAWA'S PARTY」の半分はよくも悪くも普通の大学生である。特にその中の3名は尊敬すら抱くに十分な人格と知識を持ち合わせている。
 あとの半分が、これがまったく箸にも棒にもかからない問題児なのである。
 さてその顛末を記す。
 ある日、仲間の一人が田舎者御用達であるガイドブックを持ってきた。
 いくら田舎出身とはいえ自分の毎日通う街のガイドブックを買うあたり、既にキチガイ沙汰である。んでもって一人千円の食べ放題の店、というのを紹介した。当時は大学に入ったばかりで、僕も地理はよく解らなかった。けれどもホテルの地階のパスタハウスがそんなことするかな、とは疑念に思った。
 そう、この段階で辞めれば良かったのだが、僕は行ってしまった。当日、迷いに迷ってガイド片手に(田舎者だ)大繁華街を歩き回った。と、段々街並みが怪しくなってきた。繁華街の癖に妙に暗い。しかもネオンの色が怪しくなってきた。あたりには抱擁するカップルやら一癖ありそうな男女が肩を寄り添っている。
 そう、ホテルはホテルでもラブホテル街に来てしまったのだ。
 その場にいた男の塊、八名。
 そして食堂は勿論ラブホテルの地階だった。
 確かに千円だし、食べ放題だよ。でもねえ、恋人を前にし、これからコトにおよばんとする男女が、牛飲馬食するかい? 寧ろ普段の半分も食わない筈。そこへ8人が乗り込んだ。当然席は二人席が殆ど、たまに四人席がある程度。内装はパスタハウスだけあってお洒落でムードに満ちている。
 その中に僕らは入り、雰囲気ぶちこわして大騒ぎ、正装したウエイトレスはかなり怒っていたね。僕と話の分かる数人は眉をひそめて「早く帰ろうよ」と提起したが、馬鹿で無粋な彼らは全くその場の状況が気がついていない。
 とにかく我が人生で最悪の食事の一つだった。
 僕が「早く帰ろうよ」といったとき、唯一同意した友人はその後、仲間の会に一切出席しなくなった。正解である。



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