8 : 02 霧のなかのハリネズミ

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霧のなかのハリネズミ Ёжик в тумане

2003年 8月13日
記事ID d30813

1980年代、ソ連の子どもはこんなTV番組を見ていた

追記: この作品について直接・間接にいろいろなフィードバックをいただきました。

この作品の技術的な部分については、次のような記述を参考にしてください。 「キャラクターは人形ではなくて、セルロイドシートに絵の具で描かれたものを関節ごとに動かしてコマ撮りをしたアニメーションで、背景も実写でなくやはり描かれた絵」(2003.09.10 (Wed)) 「作品としての価値は勿論、一体どのようにして撮影されているのか? という技術的な部分においても非常に価値があると思います」(ユーリ・ノルシュテイン作品集)。しばしば「切り貼りアニメ」などと形容されています。

この作品を原作とする絵本も発売されているそうです。 「ユーリ・ノルシュテイン」 や「霧のなかのハリネズミ」OR「霧につつまれたハリネズミ」で検索すると、 もっと多くの情報が見つかります。

『霧のなかのハリネズミ』(Ёжик в тумане)は1980年代後半にロシア(当時はソビエト連邦)で放送された子ども向けの短いテレビ番組だ。 さながら実写を背景とするリアル指向の人形劇といった風情のアニメ。 特に一般受けするような内容でもないのだが、ロシア語圏のメンバーのひとりがこの作品をえらく気に入っていて、 そんな事情もあって、たずさわることになった。

夕暮れどき、 ハリネズミがクマのところに出かけるところから物語は始まる。 ふたりは、いっしょに星を数えながら、お茶を飲んでおしゃべりする計画なのだ。

ハリネズミが丘を歩いていくと、窪地のようなところに深い霧が立ちこめているのを見つける。 そして、その白い霧のうえに、浮かぶようにして、白い馬が見える。 「ふしぎだなあ。あの馬、眠ったら霧のなかにおぼれちゃわないのかな」ハリネズミは好奇心がわいて、 霧の窪地に下りて馬のそばへ行ってみようとする。

深い霧のなかで、ハリネズミはいろいろな幻想的なものを見る。期せずしてそびえたつ巨樹。なぞのようなカタツムリ。 ろうそくをともせば、ろうそくの火が、まるでホタルのように勝手に飛び去っていってしまう。

クマへのみやげのキイチゴの包みをなくすが、イヌがひろって持ってきてくれる。

霧のなかで足元をあやまって川に落ちてしまう。このままおぼれてしまうのかな……となかば覚悟を決めていると、 だれかが「背中につかまりなさい」と言って岸まで運んでくれる。 「ありがとう」ハリネズミが言うと、「いえいえ」とだれかは答えて去ってゆく。 この「だれか」は結局、姿を見せない。正体不明・匿名のだれかなのだ。

こんなふうに道草をくっていたため、クマのところに到着するのが遅れてしまった。 クマは「ハリネズミくん、遅いなあ」という感じで待っていた。 そこは暖炉に火が入り、お茶がわいている現実の世界だ。 また会えて良かったなあ。ハリネズミは思う。 と同時に、ハリネズミは空に浮かぶふしぎな白い馬――結局、その正体もなぞのままなのだが――のことも忘れられない。

「ロシアの子どもはこんなテレビ番組を見て育つのです。 これでロシア人がおかしいってことが分かったでしょう」そのひとは冗談めかしてそう言った。

ふたつの世界

『小さなペルツ』(イリーナ・コルシュノフ)を連想した。 『小さなペルツ』の日本語版には「空をとぶって、すっごくいい気分。一日中、空をとんでいたい小さなペルツ。でも、とうめいな妖精になって、ずーと空をとんでいるのと、なんでも話せ、いっしょにあそべる友だちがいるのと、どっちがいいかな?」といった感じの余計なお世話な腰巻きのあおりがついているのだが、これは原作のテーマではなく日本の出版社が勝手につけたことだ。 原作のラストでは、ペルツは現実に足をつけるものの、「それでもときどき妖精になって空を飛ぶ夢も見ました。それは本当にすばらしい夢でした」 という結びで、ふたつの世界のあいだの微妙なバランスの陰影を割り切れない形で残している。 AですかBですか、どっちがいいのですか、といった二者択一ではない。

そうした方向から考えるなら、『霧のなかのハリネズミ』も、夢ともうつつともつかないふしぎな幻想体験について、 解釈を与えることなく、ふしぎな出来事だと指摘することすらなく、ただただ「そういうことがあった」とぶっきらぼうに提示するところが味、と言えるかもしれない。霧のなかのかれは孤独ではない。孤独なようだけれど、落とし物をして困っていると、どこからともなく助けてくれる者があらわれる。 川に落ちてもう死ぬのかなあという場面では、あっさり救助者があらわれるが、少しもドラマチックでなく、 「命の恩人」は名乗らないどころか誰なのか(ワニなのかサカナなのかカバなのか)すら不明だ。もやもやとした霧のなかにはふしぎなことがあるものだ。 外界から閉ざされた「外からは見えない世界」であるかのようだが、そこにはそこなりの「世界」があって、秩序があるのだ。 この作品では、ふたつの世界が「つながっている」ことも、いろいろな形でほのめかされている。

川に落ちたハリネズミが、じたばたあがかず、淡々と「このまま溺れて死んじゃうんだなあ」と考えるところも、 大島弓子の中期作品(例、「四月怪談」)のようなふわふわ感をほうふつさせる。

そんな象徴詩のような見方もできるが、実際問題、特にドラマチックな展開もなく、のんびりとした話だ。 旧ソ連時代のテレビ番組作品制作者(ユーリ・ノルシュテイン)がどんなつもりでこの劇を作ったのかは、はっきりしない。

ファイル情報

20年前の録音状態の悪いテープを元にしているので、映像・音声ともそれなりのものだということはご理解いただきたい。 これでも音声など「ガガッ・ボツ・ザザッ」といったノイズ乗りまくりなのを、けっこう苦労してノイズ除去している。

音声はロシア語、字幕は英語・日本語・フランス語・オランダ語・ロシア語の5つ(オンオフ・切り替え可)。 技術的には、SSAフォーマットを生かして、字幕にルビや訳注が出るところなどにも注目してほしい。従来のOGM動画ではできなかったワザだ。

スナップショット

「薪」という漢字にルビ、「ビャクシン」という言葉に対し画面上部に訳注

ファイル形式は Matroska Video (MKV) で、 映像が XviD (dev-api4, VHQ, b-frames 3)、 音声が Ogg Vorbis、 字幕が SSA、 おまけに PNG の添付ファイルがついている。

10分程度の短いクリップですが、チャプターが打ってあるので、MKVのチャプターの動作のテストにもご利用ください。 なおWindows 98 では Soft SSA の再生が微妙です。Win 98 のユーザのかたは、字幕を出せるか出せないか…… 問題があれば気軽に掲示板に書いてください。

ロシア語 豆知識: 「ハリネズミ」は本来 ёж で、ёжик は指小形だが、実際に動物の名前を呼ぶときは、 ほとんど常に ёжик と使うそうです。

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