- こんな本は絶対に読まない!
- 「ヤクザに学ぶ交渉術」
- 「銀座ママが教える…」
僕はこういう本が売れていて、ヤクザの真似をしてまで交渉を成功させたい人がたくさんいる、という現実に、反吐が出そうになるのです。
そんな恥ずかしいことに魂売るなよ、とか思ってしまう。
あと、そんなに偉いのか銀座ママって…
職業は医師ですと明かしている人が、そうやってあからさまな職業差別を書いていると、いつか刺されるんじゃないですかね。ところで、新米医師よりは銀座ママの方がステータスが高いと思います、私は。
あと、「ヤクザなんかに学ぶことは何もない」とか思っていたり、ましてやそれを公言しちゃうような人は、なんだか危なっかしいような気がします。私は自分の医者には謙虚であってほしいと願う。なんでも素直に受け入れてしまうようでは困るけれど、「とりあえず、読んでみる」という姿勢を持てない頑なさも不幸の源。ご立派な信念ですね、なんて書くと嫌味が過ぎるかもしれないけれど。
刺される
というのは、文字通りの意味ではありません。だから、他人に迷惑をかけて口に糊している集団に対して、どうしてネット上でまで「一身の安全」を考えて、媚を売らなくてはならないのでしょうか?
といわれても困ります。そんな主張はしていませんから。ちなみに危なっかしい
も同様。身の危険ではなく、つまらないところで評判を落とす、という意味で使っているのです。
銀座ママが偉くないならじっぽさんだって偉くない。偉くなければ人に教えられないならば、じっぽさんのエッセイは何なんでしょうか。「教える」と「伝える」は重複部分の多い概念です。私が批判したのは、偉い人だけから学ぶという考え方です。ヤクザは偉くなくても、その交渉術には学ぶべき点があるかもしれない。銀座ママのお話だって同じことです。ヤクザからも何かを学ぼうとする人に対し反吐が出る
とまでいう狭量に、私は傲慢を感じました。
職業に貴賤はないというのはお題目で、実際には親を泣かせるような職業はたくさんあります。逆に周囲を喜ばせるような職業もある。医者は基本的に社会的地位の高い職業とされています。そうした人が他人を見下すようなことをいうと、ふつうよりもたくさん怒る人が出てきます。怒る人が正しいかどうかは別として、不用意に人を怒らせるのはどうかと思います。
これは余談ですが、じっぽさんがどう考えるかは別として、日本では一般に暴力団組員を無職とは呼称しません。また抗争など組の活動で民間人に被害が出たとき、組長が使用者責任を問われた裁判があります。私の知るケースでは和解による事実上の賠償金支払いとなりました。そもそも暴力団は非合法組織ですから、本来なら原告敗訴です。ヤクザも職業だという考え方が、裁判に影響したのです。末端の構成員は貧乏なので、使用者責任を問えなければ賠償金は取れないのが現実です。
以下、順不同でいくつか。
みっともないとしても、誤解が一人歩きするよりはいい。
反吐が出るといったからです。実際の内容はともかく、「とりあえず、読んでみる」くらいはいいだろうと思い、意見したのです。
「Doctor's Ink」が「教えるための文章」でない件ですが、私は
「教える」と「伝える」は重複部分の多い概念です。と書いています。何も伝えずに教えられますか。何も教えずに伝えられますか。
自分の「正しさ」を証明するのに、他人を踏み台にするのはよくない、とじっぽさんは仰る。ではまず、自説を主張するためにヤクザ交渉本の読者への批判を
踏み台にしたことを反省されるとよいでしょう。そして、間違いと対比させずに正しいことを説明できるのか、よくお考えになるといい。自分が間違いの実例に挙げられたとたんに、
他人を踏み台にするな、と主張されるのは虫が良すぎます。