備忘録

平成19年8月31日

長いよ。

1.

しばらく更新を休んでいたわけですが、忙しかったわけでも、書きたいことがなかったわけでもありません。実際、いろいろ書いてはみましたしね。

でも、書いたものを公開するときに、どうも気後れしてしまったのです。

このところ仕事の方で、自分のあまりの無能さに愕然とするようなことが続き、まあ入社以来ずっと「どうしてこれほど仕事ができないんだろう」という思いはあったわけですが、とうとうそれで気が滅入ってきた、と。偉そうなことを書くのが好きなので、こういう状況になると、いささか矛盾に耐え難くて……。

学校では秀才で、部活動でも委員会活動(図書係りとか)でも、ちょっと頑張って取り組んだら激賞されるような結果を出した。アルバイト先でも一部例外はあったけど、たいていどこでも「いい人が入ってきてくれた」といわれ、辞めるときは「辞めないで!」とか「また暇なときにはぜひ」といわれてきた。

じつは今でも、つまらない場面では、「頭がいい」とかいわれるわけですよ。「なのにどうして仕事ができないの?」って不思議そうにされるけど。

2.

考えてみると、長らく私は、慎重に自分の能力を活かせるフィールドを選択してきたんですよ。やりたくないこと、苦手なことからはサッサと逃げて、好きなこと、得意なことばっかりやってきた。でも、就職活動のときには、スジを曲げたんです。

だって、私の得意なことって、アルバイトにできるような仕事ばっかりだったからです。具体的には、マニュアルとか詳細な作業指示があって、同じ場所で複数の人がほとんど同じことをする、そして作業員同士のコミュニケーションは密である。これは言葉を交わすとかに限らず、顔を合わせ続けるのも含む。ただし体力勝負の仕事は、てんでダメ。虚弱体質なので。

私はまず、マニュアルや指示をなるべく愚直にこなす。それだけで真ん中より上のポジションを取れる。続いて、周囲のやり方を見る。馬鹿なことをやっている人が必ずいる。その改善案を考える。自分で試す。うまくいったら、お節介をはじめる。上司がやってくる。私のいる班は、他班より仕事が速くて誉められる。

もうね、鉄板。うまいやり方を思いつかなきゃつかないでいい。その場合、上司には誉められないけど、マニュアルを勘違いしている人や、そもそも読めない人にお節介していくだけで、感謝されるし尊敬もされる。自尊心は存分に満たされます。

じゃあ今は? そう、essa さんのいう価値創造的な労働っていうんですか、そういうのをやっているのです。同じ仕事をしている人が、他にいない。そりゃ相談する相手はいますけど、「代わりにやってくれません? 横で見ていて、真似しますから。あと、改善点があったら口出しもします」というわけにはいかない。

私が何かを考えたりひらめいたりするきっかけは、「こいつバカだなー」なんです。で、どうバカなのか、を追求する。答えが出れば、改善案はもう完成したも同然。

3.

いや、今やっている仕事も似たようなものですよ。製品を改良しましょう、そのアイデアを特許にしましょう。一人年1件以上、特許を出そう、ということになっている。入社6年目、いまだ特許なし。一人だけ取り残されてしまった。

どうも、一人だと根気が続かないんですね。たしかに27年の人生を振り返って、いつもそうなんです。中学・高校と美術部に入ったけど、ろくに絵を描かない。部室の掃除をしたり、油絵初心者の新入部員の指導法とか、そういう雑用みたいなことばっかり、やる気が出る。

部室は共有スペースなんだから、私物は自分の棚にきれいに整頓して収める、共有物はリストアップして置き場やしまい方もきちんと決めないと、知ってる人だけが事実上私物化してしまって不公平だ、そうだろう、なんでお前らはそんなことがちゃんとできないんだ? 許せん、俺が乱れきった美術部の綱紀を正してみせる!

美術部員のくせに、この絵の具とこの絵の具を混ぜたらどんな色になるかもわからないのか? ちゃんと絵の具の混ぜ方には、物理的な理屈があって、簡単なルールを知っておくだけで、たいていの混色は結果を予測しながら行うことができるようになるんだ。俺が教えてやるぜっ!

一方、自分が自分の納得できるような絵を描く、なんてことには、正直ほとんど関心を持てなかった。絵の展覧会で賞を取れば、美術部全体の名誉でもある。でも、ダメだったな。いい絵を描くなんて個人的な作業は、他の、もっとそういうのに向いている部員にお任せしますよ、と。

で、その環境作りに精を出して、私が実質的な部長役を務めた3年間(高1で部長を務め、高2以降は部長補佐役と称して院政を布いた)、空前絶後の受賞ラッシュとなった。これには私もビビった。真実は、偶然に才能のある部員がたくさんいただけなのでしょうが、私は鼻高々でした。

4.

高校時代、美術部と掛け持ちした文藝部でも同じようなもの。本来は、小説なりエッセイなりを書きたい人が、発表の場を求めて入部するわけです。私は最初から、何も書く気がなかった。ただ、小学校・中学校時代に、文芸部の本を読んで面白かったので、入部したんですね。

最初の1年は幽霊部員でしたが、2年目から急に興味を持ち始めた。理由はいろいろですが、今回の文脈に即していえば、同期が部長や編集長になった、それが切っ掛け。「面倒くさいこと引き受けちゃったよ」「ふーん(お手並み拝見させていただきますよ)」そうしたら、やってることのバカらしさにビビビッときた。

で、夏休みに編集長の座を奪って、好き勝手やってみた。以後、例によって院政モードに入る。

なぜ院政か。それは、なるべく現場作業をしていたいからです。「こんな指示を出したらいいんじゃない?」というのは好きだけど、そういうことを仕事にしたくはないし、実際、向いてもいない。一度だけ主導権を握ってバリバリやって成功し、発言権を得る。以降はアドバイザーとして生きる。

ズルいけど、これでいいとも思う。だって美術部が最高に成功したのも、文藝部が最高に盛り上がったのも、私がアドバイザーになってからなのです。

私は他人の作品に対して好き勝手なことをいうのは大好きだった。文藝部が100冊雑誌を作っても、感想ペーパーは数枚しか回収できない。作家は感想に飢えている。だから私の素人批評でも、たいへん感謝された。

絵も文章も、技術的なことなら、比較は簡単。優劣もつく。私が興味を持って取り組めるのは、そういう部分。その先の、個人の内省的努力みたいなものが必要になる仕事は、全然できない。だから絵を描くことができず、文藝部の雑誌に載せる原稿も書けなかった。

図書係りの仕事も同じ。本の整理は大得意。他の人が怠けているのを見ると、ものすごくやる気が出る。4〜5人の係りがいるのだけれど、自分だけで3分の1以上をやってしまう。そういうのが嬉しい。一方、読書会みたいな企画を考えたり、図書館だよりのテーマを決めるのは全然ダメ。

もちろん、いったんやると決まった読書会の運営技術を向上させていくのは得意分野。へたくそな司会に我慢ならなくなり、1回だけ自分がやる。少なくとも前回よりはかなりよかった、という評を得る。以降、アドバイザーになって、自分はもう二度とやらない。ワンパターン。

5.

私が学級崩壊を起こしたのは零細塾でした。他の講師の仕事がわからず、いちから自分で考えていったら、あっさり潰れました。

次に勤めたのが中規模の個別指導塾。バイト仲間がたくさんいて、パーテーションの向こうで行われている5人の授業が全部、耳に入ってくる。教えている内容はみなほとんど同じ。だから、私のエンジンに火が入った。無能な講師のダメっぷりにイラつく。さて、どう改善したらいい? いろいろ試す、そして……。

長期休暇中には集団講習もある。事前の授業練習会、初めの頃、私は順番を最後の方にさせてもらった。6人の大学生が続けざまにド素人の下手くそな授業を見せてくれる。それを見ながら頭の中で改善シミュレーションを繰り返す。結果、「徳保先生は集団授業の経験も豊富なんですか?」というコメントをもらうことに。

当然、教室長らは「まだまだでしょ」。でも素人同士では「すごい」となった。結局、大したことはないんです。私は塾講師が天職だなんて思ったことは一度もない。最終的な到達点は、いつだって高くないのです。自分の能力なんて、高が知れている。ちょっと小器用なだけ。でも、生きていくには十分だと思ってた。

いや、今でも、生きていくだけなら十分なんだと思う。だけど、ちょっと背伸びしちゃった。

塾では結局、「徳保先生に教えてほしいから」という理由で入塾してきた人はいなかった。個別指導塾では講師と生徒の癒着が生じやすいので、年2回程度、組替えが行われる。そのとき、保護者から(生徒ではダメ)抗議があれば元に戻る。私の生徒は、しばしば戻ってきたけど、これはかなり珍しいことだった。

でも、その程度のことだったんだよね。教室の浮沈を決めるのは、正社員の教室長と副教室長の広告戦略と営業トーク。バイト講師には無能な奴がたくさんいるのに、すぐ安請合いする。もちろん成績の上がらない子はたくさんいる。ところが舌先三寸でお母さんたちをコロッと丸め込み、「うちの子に、もっと頑張らなきゃダメよ、って言い聞かせます!」といわせちゃう。

こんなのは、私には無理だと思った。じゃあ講師として、アルバイトじゃない道を目指す? でも、難関高校の入試問題を楽勝で解けるようになるのは、自分には無理そう。補習塾の生徒を教えるなら、時給1200円のアルバイトじゃないと採算が取れない。商売敵はなんと学習支援ボランティア、無料なんです。ボランティアの主体は主婦と学生。個別指導塾のアルバイト講師陣とまったく一緒。レベルも同じ。

なるほど、正社員の営業トークの有無、それがお金の出所なんですね。

私のいた教室は2人体制でしたが、ほとんどの教室は社員1人。入社後、たった1ヶ月の研修で教室長になる。3年で8割が辞めるという。おそろしや。

6.

他にもいろいろアルバイトなどやってみましたけれども、どこでも感触は同じ。

私が得意で、「こういうの、向いているなあ、面白いなあ、楽しいなあ」と思えるのは、アルバイトの仕事。正社員は、そんなのやってない。でも、給料も福祉も全然違うんですよね、フリーターと正社員って。

だから、向いていないけど正社員になろう、と。それで、さまざまな業種のメーカーの採用試験を受けて、「工場の作業員をやりたいんです」とバカ正直に言って回った。ほとんど、門前払い。1次面接でサヨナラ。あっという間に5社、10社とすげなく落とされた。

工学部卒業予定で、こんなに成績も良くて、先生方から「どうしても院へは進学しないのかね? 経済的問題なら援助するよ」とまでいわれているこの俺様が! やりたい仕事もさせてもらえないのか! まあ、正社員で、という条件だからダメなんだろうけど……。悲しい、泣けてくる。やっぱり高卒で就職しておけばよかった。本当は大学なんて行かなくていいやと思ってたのに。

散々悩んで、面接で嘘をつくことにした。最初はうまくいかない。でも、だんだん嘘もこなれてきて、2社からほぼ同時に内定をもらい、より気に入った会社として、今の勤務先を選んだ。3月にはじめた就職活動、決まったのは7月ですよ。正直に就職活動をしたいから学校推薦を選ばなかったのに、バカみたい。(注:有名企業狙いでない限り旧国立一期校クラスの国立大学の理系学校推薦なら就職は楽勝だった/2001年春)

入社してみれば、研修中のペーパーテストの類は常にトップクラス、驚いたのは30人近い同期入社の内、入社試験対策でペーパーテストの勉強をした者が3人くらいしかいなかったこと。半分くらいは面接の練習さえしていなかった。こりゃ、楽勝だわ、と思ったんだよね。

7.

ところが、楽勝だったのは(複数人が同じ課題に取り組む)研修期間中だけ。本採用され、配属された後に苦難の道のりが待っていた。

会議があるでしょ、他の人の発表とか聞いていると、「なんかそれ、もうちょっとうまくできるんじゃないの」と思うことがある。素人の直感レベルで。入社後、しばらくは、質疑応答タイムに積極的に発言していた。すると、誉められたり、感謝されたり。「いい指摘だ」と。

その内、「じゃあそれ、君が詰めてよ」といわれるようになった。ところがこれが面倒くさいんだよね、ものすごく。改善案を出すのは簡単なんだけど、それが本当に改善につながるのかどうかをきちんと理論的に解明していったり、シミュレーションを行ったり、試作品を作って実験したり。延々と孤独な作業が続く。

はじめのうちは、先輩たちが何くれと面倒を見てくれて、いつも誰かと一緒に作業するような形になるし、まず先輩がやってみせ、続いて自分が、となる。これは私の成功パターンですよね。だからサクサク研究が進む。で、「残念ながらアイデア倒れでした」という結論が出る。「キミ、仕事が速いね、優秀だね」

2年目、3年目と進むにつれ、一人でテーマに取り組む割合が高まってくる。すると、目に見えて研究が進まなくなってきた。自分でも呆れるほど。すぐに行き詰る。机に向かって頭を抱えたまま、一週間何もできない。これって鬱病か何かなんじゃないか。ところが、週末の掃除の時間になったら、とたんに活き活きとする。

みんなで一緒に同じことをする、周囲がサボっていればいるほどやる気が出てくる。黄金パターン。アホかと。掃除なんか、いざとなれば清掃会社の人(通常は午後2時頃に帰宅)に追加料金を支払えばいいんだ、と部長もいってる。正社員が掃除の時間だけ活き活きとしてるなんて、ふざけてるとしかいいようがない。

今でも、会議の発表テクニックとか、あるいは技術方面でも思いつきレベルの改善案なら、いろいろ頭に浮かぶ。でも、ここ数年、自分の発表テクニックは退化させてきました。研究が進んでいないのに、作業報告だけ立派なのが恥ずかしくなった。で、どんどん地味に、印象に残らないような方向へ……。

思いつきの改善案、「いいだしっぺが検証しろとはいわないから」と宣言されたブレインストーミングでは、今も好き勝手にいってる。このときだけ、「なんだ、やっぱり頭いいんじゃないか」という顔をされる。でも発言に責任を取らなきゃいけない場面では、非常に口が重くなった。

だって、アイデアの10に9は、詰めていくとダメだと判明する。新人の頃のような2人組体制ならそれでも頑張って取り組めるのだけれど、「これくらいなら1人で十分だよね。みんな手一杯だし」と自分一人に任されると、たいへんな時間を空費した挙句に「ダメでした」の連発で……。

8.

向かない仕事は向かないのであって、私はやっぱり高卒で就職すればよかったんだ。私の勤務先でも、高卒なら工場の作業員を正社員として雇用しているのです。しかも給与は大卒と同じ(定期昇給4年分で大卒の初任給に追いつく)。

まあ、大学は楽しかったし、しょうがないか。どうせ、周囲の期待を押し切るだけの確信も、進学を望む両親を泣かせて動じないだけの胆力も、高卒時点の私にはなかったんだ。何度、人生をやり直しても、それは変わらないと思う。

過去に何度も書いているように、勤務先は非常にいい会社。イジメとか見たことがないし、みんな親切で優しいし、理不尽な人もいないし(ときどき理不尽な言動を取るくらいは誰だってそうでしょ?)、残業も少なく、残業拒否も可能で、有給休暇は当たり前のように取れる。理想郷。

これほど恵まれた環境なのに、どうしてこうなっちゃう? 理想郷にいるってことは、周囲に責任転嫁できないということなんだな。

この夏、昔取った杵柄でいくつか記事を書く度に、なんだかどんどん落ち込んできて、ブログ更新できなくなっちゃった。偉そうなこといって、今の自分、ダメじゃん……。

手取り300万円くらい年間収入があって100万円くらい余っている。だけどこれ、余っているからいいのであって、最初から200万円しかなかったら、心配でたまらないだろう。フリーターじゃあ、仕事は楽しいか知らないけれど、名実ともに優秀な人として扱われて気分はいいかもしれないけれど、ふんぎりはつかない。

学生時代のアルバイト、所詮は腰掛だと思っていたから、薄給でも気にせず全力投球して楽しめたんじゃないのか。生活の柱として取り組んでも、あんなに楽しかっただろうか。

私は怖がりで、明るい未来より暗い未来をよく考える。なるべく現状に満足して、リスクの少ない道を選ぼうと思う性格。そういう自己認識自体が、また自分を規定していくものなんだけど、そうやって可能性を制限していくことが、私にとっての安心獲得の手段なんだよね。

9.

今日、異動の打診があった。

10月に、研究部門から、事業部門へ異動の計画があるという。勤務先では、当人が嫌がる異動はしないことになっている。私が意向を示すのは、半月後の予定。

事業部門は最終製品の開発・製造・サポートを行うところ。だいたい事業部の人と会うと、研究はいいなあ、と羨ましがられる。研究から移った人はみな、それを知ってて、「はい喜んで」と異動を受け入れた人なんだけど、「やめといた方がいいよ」という。そういっている人もまた、それを無視した一人なんだけど。

何でそうなるのか。私はずっと不思議に思っていた。とくに同期入社の一人で、「定年まで絶対に研究にいたい」といってた人が、あっさりと異動の話を受け入れたのには驚いた。

でも、今ならわかる、気がする。研究部門で、この先、何をやりたいとかいうのが、ないんだよね。生きる手段としての仕事、宝くじでも当たったら、「社会に必要とされてる感」はアルバイトやボランティア活動の類で十分だわ、という人間だから、私は。

いま事業部の方で、**の仕事をしてほしい、徳保くんがほしい、といってきている。ゴネて残って、自分、どうするんだろう、と思う。事業部はきついって、散々脅されても、それでもうちの会社である以上は、労働組合が管理職を常に監視している。滅茶苦茶はありえない。だったら……と。

それに何より、事業部の方には、一部だけど、大卒の正社員複数人が同じ仕事をしている職場があるんですよ。最初の行き先がそうじゃないことはわかっているけど、だんだんそっちへ近付いていって、また自尊心を回復できるかもしれない、という期待。

暗闇に光明が射した感じ。

10.

つーか、みんなができていることなんだから、徳保だって頑張れば一人で仕事をするくらい、不可能じゃないんじゃね? できないんじゃなくてやらないんでしょ、と。そうかもね。

でも、現にこれだけウンウン呻いて、何年も底なし沼にハマったみたいになってる。「こんなのは気の持ちよう次第なんだ」と、どれだけ自分に言い聞かせたか。できないはずがない、いや絶対にできる、よしやるぞ! 1時間後にはもうゲンナリ。

もっと強い動機なり意志なりがあれば、案外、コロッと変わるのかもしれない。そうは思うけど、思うけど……。「くだらない、そんなの全部、やらない言い訳じゃないか」はい、そかもしれませんね。

今更というか、いってもしょうがないことだけど、自分が仕事を配分できるような後輩が入ってきていたらなあ、なんて夢想することはあります。後輩にとっちゃ迷惑だろうけど、全部の仕事を2人でやる、という体制にして……。でも、無能なままで後輩がつくわけがないよね。上司の判断は、当然のものと思う。

さて、半月後、どうしよう。じつはこの記事に書いたのは、そのときに上司に話そうかと思ったこと。頭の中で考えている分には、「こういうことをきちんと話さないからダメなんだよ」とノリノリだったんだけど、テキストにしてみたら、ちょっとね。またしばらく考えます。

平成19年8月29日

「夏休みの宿題」掲示板に投稿 自由研究は、お母さんの仰る通りにしてください。ともだちに自慢できるようなものを作ろうとしないこと。残り時間を考えたら、当然の話です。 自由工作は、裁縫(さいほう)をやりましょう。「雑巾(ぞうきん)」が一番簡単ですが、もう少しだけレベルの高いものとして、「鍋(なべ)つかみ」などもあります。鍋つかみは手袋型にすると難しいから、長方形でかまいません。 http://page13.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r39765167 リンク先は手作りの鍋つかみの写真です。あなたが作ったらこんなにきれいにはできない。でも、とにかくこんな感じのものを作るくらいは、すぐにできそうですよね。材料集めも含めて3時間で完成するでしょう。これも詳細はお母さんに相談してください。お母さんが裁縫のできない人だったら、お父さんに相談してみること。お父さんもダメで、おじいちゃんやおばあちゃんも裁縫ができないなら……まあ、また相談してください。 読書感想文は次のリンク先を参照のこと。 http://d.hatena.ne.jp/fuku33/20060822/1156241424 読む本は、「泣いた赤おに」でよろしい。あらすじは下記リンク先参照。まあこれだけで感想文は書けますから、実際に本を読む必要はない。 http://www5.ocn.ne.jp/~mimikaki/kids/ehon/akaoni.htm 調理実習は、お母さんの全面協力のもと、いつも通りの朝食を作ってください。調理前の材料、途中の様子いくつか、完成した状態、あわせて10枚くらい、デジカメで写真を撮っておくとよい。レシピはお母さんと一緒に書きます。 以上。 タイトル「夏休みについて」 文部科学省が定める学習指導要領には、意外にも長期休暇に関する規定は存在しない。教育機関の夏季休業、一般に「夏休み」と呼ばれるものには、明確な法的根拠がない。 夏休みの期間を定めているのは、教育委員会だ。教育委員会は各都道府県および各市町村に設置されているが、夏休みは各市町村の教育委員会が決める。そのため、稀なことではあるが、同じ県内でも町が違えば夏休み機関が異なる場合がある。 夏休みに法的根拠がないことは既に書いたが、じつは夏休みがなく、「秋休み」を設定している学校もある。もとは稲の刈り取りなど農作業の手伝いのための休業で、現在の9〜10月頃に設定されていたという。現在では、旧暦の秋の始まりである立秋以降の、一年で一番暑い約1ヶ月間の休業を秋休みと称するようだ。 そもそも夏休みはどうして生まれたのだろう。炎天下で仕事をする農家に、夏休みはなかった。夏休みは都市部で始まった風習で、お盆の行事に参加するため、奉公先から暇をもらって実家へ帰るための休暇だったらしい。これは現代でも、企業の夏休みがお盆の時期に集中する習慣として残っている。昔は盆暮れの休みといって、お盆と年末年始の他に、奉公人の休日はなかった。 一方、日本の学校の夏休みは、海外の制度を真似したものだという。欧米諸国では9月から新年度になり、その前の1〜3ヶ月が長期休暇となっている。なぜこれほど長いかというと、大学の制度を小中高校でもそのまま使っているのだという。 大学は教育機関と研究機関を兼ねている。教授たちは、学生を教えるばかりで忙しくては研究が進まないので、授業期間と研究に集中する期間をそれぞれに用意した。つまり、夏休みは研究のための期間であって、休む期間ではない。 小中高校の先生方はみな高等教育を受けた人たちなので、大学時代の習慣で小中高校にも長期休暇制度を持ち込んだ。じつは、長期休業は先生方の研修期間ということになっていて、休みではない。 無論、学校の先生にもお盆休みはあって、この時期だけは本当に「休み」だ。たいていの学校が、お盆の時期だけは校門を閉め、出勤を禁止して、職員室にも鍵をかける。逆にいうと、その他の平日は、先生方にはちゃんとお仕事がある。 結局、「暑くて勉強なんかやっていられないから夏休み」というのは俗説らしい。夏休みなのに宿題がこんなにたくさんあるのはおかしい、などとボヤくクラスメートは珍しくないが、勘違いがあるようだ。 学校の夏「休み」とは、単に授業がないという意味でしかない。先生方は2学期以降の授業の研究をし、児童・生徒は自学自習で1学期までの復習をやる。そういう期間なのである。 暑い中、多くの人々がお仕事を頑張っている。毎朝新聞が届き、電車が走る。テレビ局も休まない。暑いからといって、お勉強ができないわけがない。私も頑張らないといけないと思う。 *以上、原稿用紙3枚半程度。内容は話半分に読んでください。ポイントは、何かについていろいろ調べて、それで字数を稼ぐこと。自分の意見はちょこっとだけ書けばよい。意見だけで原稿用紙何枚分も書けるわけがない。意見を書こうとするから、難しいわけです。雑学知識、あるいは体験談を延々と書く。意見は一言か二言だけ書く。これが鉄則です。 http://deztec.jp/z/dw/x/homework/BBS/2007/08/29.html 上記リンク先を参照のこと。意見を書こうとするからいけない。何かについて調べて(これはネットだけでも十分にできる)、最後にちょっとだけ意見を書く。それでよろしい。ただし、ひとつの文章だけを参考にして書くと、著作権的にヤバイ仕上がりになりやすい。だから、複数の文章を探し出して、それらをまとめて自分の文章で書くこと。具体例はリンク先にあるので、参考にしてください。 意見文に関する質問、多いですね。 http://deztec.jp/z/dw/x/homework/BBS/2007/08/29.html No.29 のスレに私の解答を書きましたので、そちらを読んでください。 エッセンスだけ書きますとね、まず何かについて調べるんですね。で、調べたことをズラズラと書いていく。最後に、一言だけ、意見を書き添える。これでいいんです。先生に褒められたいってなら、そりゃ難しいけど、とにかく書ければいいのであれば、この手順。 No.29 のスレにひとつ参考例を示しましたが、一切の推敲なし、です。頭から、何の構成も考えずにどんどん書いていって、何となくオチをつけてオシマイ。本当にそういう風にして書いたものです。 まあ、推敲ゼロは難しいとしてもです。細かいことを気にせず、まずは規定枚数分、文字を書くことですよ。文章が変だとかおかしいとか、そういうことを考えるのは、いっぱい文字を書いてから後の話です。 あとですね、下書きはパソコンでやってください。いきなり手書きで始めると死にます。

平成19年8月29日

他人に話をまとめられて、かすかな違和感もなかったという経験はない。だから御厨貴さんのご意見はよくわかる。でも、これは仕方ないんじゃないかなあ。

インプットした情報は、どこかでアウトプットする可能性がある。「**さんはこういってましたよ」……で、そのときに、20分も30分も一字一句本人が話したままを再現するなんて不可能なわけでして。聞いた人なりの理解でまとめなおした言葉を発するわけでしょう。

「私はこう理解しました」と正直に応答してくれた方が、先が読めていい。「**さんが、あなたがこんなこといってたって吹聴してましたけど?」「彼はちょっと誤解しているんだよ、参ったなあ(でもホントはこうなることを予想していました)」

御厨さんだって著書の中では聞いた話を自分なりにまとめてしまっているわけで。ま、ふつうの人は、「自分はバカなので、この程度の理解しかできませんでしたー」という感じで話をまとめ、「こういうことですよね?」と訊ねるのがいいと思う。その場で相手を少し不愉快にさせることより、後で問題が起きるのが怖い。

無論、インタビュアーや対談記事ホストの「聞き方」としては、「まとめない」というのもひとつの指針として参考になります。ただ、日常生活や仕事場への応用にはご用心。

平成19年8月29日

昔、山形池田論争というのがあった。

他人が激論しているのを見ると、つくづく思うことがある。

お互い、できる限り好意的に想像力を働かせていけば、時間の節約になるだろうに。

「**というご意見ですが、**という解釈でよろしいですか? それならば、よく理解できます」

「そうですね。ただ、いくつか限定条件をつけたい(or 確認のため指摘しておきたい点があります)」

しかし我が身を振り返るに、これがなかなか難しい。

やはり、最初に何かカチーンときてしまうと、ね。対話や議論をするなら、馬の合う相手、あるいは(お互いに)関係を壊したくないと思っている相手がいい。

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム

東浩紀さんと北田暁大さんの対談本。大きな枠組みで考えれば、同類といっても差し支えないほど意見が近いとも評することができるお二方。それでも主張の差異は端々に現れ、半ばを過ぎると丁々発止のやり取りになる。そこで「なにバカなこといってんだ」と一方が言い出したら、この本は成立しない。

しかしこの本の中でさえ、固唾をのむような場面もある。東さんの意見に北田さんが「誤解があるといけないので」風に丁寧な文脈の肉付けをしたのに対し、「それはわかっていますよ」風の受け答え。ソフトな言葉のやり取りだけれど、これだって相手が違えば「ガキ扱いしやがって、ふざけんな」ともなりかねない。

どうにも理解しがたい意見もあります。でも、そんなときも言葉の選び方は大切。

平成19年8月29日

人間、最後は病気で死ぬもの。長く続く病気はなるほど医療費を増大させるのだろうが、手術もできない末期癌とかいうのは、発見後間もなく亡くなってしまうし、入院もろくにしなかったり。とある親戚も、「これはもうしょうがないですね」で自宅療養。3ヵ月後に倒れ、病院搬送後、あっという間に死亡確認。

医療費を削減するなら、インフルエンザ対策をやめるのが一番いいかもしれない。

平成19年8月日

気になる新聞記事をスクラップするのと同じ、という感覚でやってる知人はいますよ。自分のためのメモですね。1年後とかに読み返すと、「あー、こんなことあったなあ」って楽しい。

親戚の家に行ったとき、mixi の日記を開いて「えーと、6月頃にね、確かメモしたはずなんだよなあ……、あ、あったあった。これこれ」と富士写真フィルムのネットプリントサービスを紹介してくれたことがありました。検索スキルが低い人の場合、偶然たどり着いたページを再発見するのが難しい。

平成19年8月22日

忙しい、わけじゃない。

体調も、悪くない。

書きたいこと? ありますよ。

でも、ここしばらく、どうも書くに書けなかった。あるいは、せっかく書いても、公開しない。

公開スタイルでないと日記を書けないから公開でやってきたのに、その前提が崩れるようなことが立て続けに起きるとなると……。

この先、どうしようかな。

……なんて書きましたけど、夏場、もうやめよっかな、と思うのは毎年のこと。たぶん今年も、涼しくなってくれば気分が晴れるでしょう。

平成19年8月22日

ふと思い出したのでメモ。

以前、とある自費出版の企画に一枚噛もうとしたことがある。

カラー表紙、中モノクロ、128頁の本が1冊1575円の価格で、数百冊の予約注文が入っているという状況で、印刷・製本がネックになっていた。ピンと来るものがあって、ちょっと計算してみると、これはほぼ確実に儲かる投資案件だった。「私が全額お金を出すから、思い切って500部くらい作りませんか?」と提案。

が、ついウッカリ、「ここで印刷・製本すれば安く済むので、予約分だけで十分に元が取れちゃうんですよ(だから遠慮せずに受け取ってください)」と種明かししたら、「そんなに安く済むなら手持ちの資金で印刷・製本できそうです」と断られてしまった。残念無念。

あと、自費出版の人は利益をオマケとかで消費者に還元しようと考えてたみたいで、私とは根本の発想が違う風なのであった。所詮は儲かるところまで辿り着かない話だったのだろう、と思って諦めた。

平成19年8月22日

iPod にデータを取り込んだら CD をゴミ箱に捨ててしまう人に驚く、という話。

「捨てる」というから驚くのであって、iPod 以降、中古屋に CD を売ってしまった人はたくさんいるような気がします。私もその一人。

あと、昔から CD をレンタルしてホームコピーする人はたくさんいたわけで、今更という感じはあります。

まあ、新品の CD を買ってきながら、それを捨ててしまうというのは、たしかに現代風。でも、それをいうなら昔は、コピーも残さずにレコードを捨てていたわけで……。私の両親も、5年くらいレコードを一度も聞いていないことに気付き、プレーヤーとディスクをまとめて捨ててしまいました。

今だったら、もったいないからパソコンにデータだけはコピーしておこう、となるのではないか。……そうでもないか。ダウンロードした着うたをあっさり諦めて携帯キャリアを変更した人なんて珍しくもないし。

平成19年8月22日

essa さんは、私にとって「ついていけない」ブロガーの筆頭クラス。

ロングテールのしっぽで月収20万くらい稼ぐアーチストになるのは、一部上場企業に入社するくらいの難易度になる。なんて未来はやってこないことに、1年分の年収を賭けたっていい。これは本気。賭博は罪らしいので、予想が外れたら1年分の年収を赤十字に寄付する、という方法でもいい。

平成19年8月22日

コメント欄より。permlinkつけるのが親切なんだけど、アンカーがわからなかったので。

Sleipnir1.66 にはスタイルシートの無効化という機能があります。他の IE コンポーネントタブブラウザにも、似たような機能はあるのでは? Firefox でも、拡張機能を探せばそういうの、あるでしょう。

はてなダイアリーのテンプレートの少なからずはコメント欄の各コメントの permlink を CSS で消していますが、その CSS を無効化すれば、再びアンカーが姿を現します。

で、問題の permlink は以下の通り。

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070820#c1187703713

平成19年8月22日

1.

はてなブックマークのコメント欄に、毎回毎回、自分のサイトへのリンクのみを記載し続けるのはスパムか? という話題。はてなブックマークの運営陣は、それをスパムとみなすという。

つまり 1.コメント欄にリンク先内容の補足目的以外のURLは記述禁止。2.補足になっているか否かは株式会社はてなが判断し処断後に通知する 3.判断できない場合は推定有罪とする が確定と。うひー。

コメントの自由は今もある。ただ、スパマーと同様に集計対象から外される、というだけのこと。

佐倉通信の人は、これまで通り、自サイトへのリンクをし続けたらいい。集計対象から外されたって、ブックマークする個人にとって実害は皆無でしょう。

ふと思ったんだけど、積極的に集計対象から外れるというオプション、あったら魅力的かも。自分の記事の宣伝とか悪口いわれずにセルフブックマークできるでしょ。

自分の記事をブックマークしておくと何がいいか。それは他人の記事と同じように、後で読み返したい自分の記事をデータベースに登録し、検索できること。自分とこの情報も、よその情報も、一元的に管理したいよね。

みんなが自分のためにブックマークし続けたデータが社会にも役立つ、というのがソーシャルブックマークの発想。でも現実には、社会に貢献しないブックマークの仕方もある。それをやめさせるのが正解か? 私は違うと思う。全てのブックマークを集計するからいけない。目的に応じて篩(ふるい)にかけたらいい。

佐倉通信のブックマークが集計対象から外されたのは、コメントの自由を狭める判断ではなく、むしろ口うるさい自治会連中の攻撃からコメントの自由を守る判断だったと私は思う。

2.

以前、無断リンク禁止派と闘う理由を問い直す(2005-08-20)に書いたことですが、リンクを嫌がるのはその人の勝手。無断リンクを禁止するっ! と主張するのも自由。こちらはリンクしたければリンクできる。その状況は微動だにしていない。なのに、これを自由への挑戦と受け止める人がたくさんいるんだよね。

「リンクフリーですが、リンクしたらできるだけ連絡してください」と書くだけでも、「そんなのリンクフリーじゃないじゃん」と捉える人がいる。リンクの連絡を希望する自由を認められないらしい。

どういうことかというと、「ひとの嫌がることをしてはいけません」が転倒して、「あいつが嫌がるから、俺は我慢しなきゃならん。許せない!」となっているのです。病気が進むと、「お前が喜んでくれなきゃ俺は困るんだ。だから喜べ! 喜ぶんだ!」「これを喜ばないなんておかしい! 俺が再教育してやるっ!」云々。

ついには「分らず屋! お前みたいなヤツは(ウェブから)出て行け!」とエスカレート。本末転倒とはこのこと。リンクしたかった当のコンテンツが消えてしまえば、無断リンクも何もあったものではない。

権利の行使には暴力性がつきまとう。リンクの自由も同じ。好き勝手に振り回して誰も傷つかないなんてことが、ありえるだろうか。

平成19年8月22日

今夏は体調もよく、暇な時間もいっぱい。だけど、備忘録を更新する気分じゃない。

ま、ぼちぼち。

平成19年8月20日

賃貸が得ならどうして持ち家志向が絶えないのか。経済学者はちゃんとこの謎を解き明かしていまして、詳細は次の本を参照のこと。

かいつまんで紹介すれば、借り手にお得な法制度のため、日本では家族向けの賃貸物件は貸し手側のリスクが大きすぎて儲かる算段がつかず、部屋数の多い賃貸物件の供給が非常に乏しい、という状況があるのです。主要先進国の中で、日本は賃貸物件に占めるワンルームの割合が突出しています。

平均の賃貸料では部屋数が多い物件も決して割高ではないのですが、それは賃料をむやみに上げてはならぬという法律のせい。入居者募集中の物件に限れば、買っても借りても損得なしみたいな状況になんですね。

となれば、法の範囲内で自由な改装が可能だとか、子どもが暴れてうるさくしても簡単には追い出されないぞという安心感など、購入物件ならではの利点がある分、結婚・出産などを通過するにつれ、持ち家志向が高まるのは理解できます。(メリット判定は価値観の問題なので、個々人の結論は様々だが、傾向は観察可能)

ただ、バブル崩壊後に様々な規制緩和が行われ、いずれも中途半端だったりするのだけれど、それでも一定の効果が出つつあります。だから今後は少しずつ、一生賃貸で暮らす人も増えていきそう。

平成19年8月20日

ここしばらく、ブラウザは IE6 を使ってます。なんとなく Opera を好かなくなってしまいまして……。

私が用意している CSS 適用スクリプトが Opera で動くようになってしまったのが、その切っ掛け。

Opera で私の CSS が適用された状態を見てみると、どうも雰囲気が違う。Opera では、ひとつの要素の中では sans-serif と serif の共存を許さないらしく、全部 serif で表示してしまう。英数字は serif で、真名仮名は sans-serif で表示するのが私好みなので、途端に不愉快に。

おかしな話だけど、ユーザースタイルシートでは全部 serif に統一していたので、Opera のこのこだわりには長らく気付かなかった。まあユーザースタイルシートに反映させもしない好みなんか、どうでもいい感じがするわけですが、なんとなく。

平成19年8月16日

以前も書いたことですが、私は link 要素について、考え足らずというか、現実の需要を満たせない貧弱なものと認識しています。

サイドバーの要・不要論もそうなのですが、それが多くの人にとって本当に邪魔なものなら、サイドバーのないデザインに人気が集まり、自然に余計なものの多いデザインは淘汰されていくはず。個人の思い入れより儲けを優先する商用サイトが軒並みリッチなナビゲーションを用意している現状を見るに、既に結論は出ていると思う。

Mozilla もナビゲーションバーを隠してしまいましたが、link 要素は検索エンジンには便利だけど、人間様が使うようなものじゃないということなんじゃないでしょうか。ブログの普及で、今なら少しは役に立ちそうなものだけれど、表示画面を1行分狭くするだけの利用価値を感じる人は多くないと思う。

勿論、何らかのプログラム的處理をデータに加へたいと考へる人もゐるだらうし、さう云ふプログラマの爲に「ナビゲーションの爲」と云ふ「意味」を先んじて用意しておかうと云ふ事なのだらうけれども、別に要らないと思ふ。要素に何らかの目印が必要なら、classなりidなりでマークを附けておけば良いだけだ。

microformat に W3C あたりが関与して、普及に推進する、というならそれでもいい。現状のままでは何がイケナイのかというと、みんながてんでバラバラのフォーマットで class や id をつけているから、自動抽出に際して、マークアップなんか何の参考にもならないということなんです。

ではどうしているか? いろいろなアプローチがあるようですが、以前のはてなブックマークの本文抽出は、「a 要素の登場頻度が少ない部分がある程度続いている」みたいな判定基準でした。だから記事の冒頭に置いた参照リンクを排除して引用されるのがパターンでした。(今は判定方法が違うようです)

検索エンジンも本文抽出にけっこう苦労しているようですね。少しずつ減ってきてはいるのですが、今でもサイドバーのリンクの中にある単語が検索されて上位に登場したりする。常識的に考えれば、そのリンク先の記事の方を上位に登場させるべきですよね? しかし Google の技術力を持ってしても、それが難しい。

やっぱり、今のままでは不都合があるのです。でもそれだけなら、class や id の属性値設定にガイドラインを設ければいい。HTML5 がそうしない理由は何だろう。

おそらく、例によって例のごとく、現状追認ということなんじゃないでしょうか。

link 要素は検索エンジン専用。人間様はもっとリッチなナビゲーションを欲している。そのことは最早ハッキリしたといっていいと思う。RSS リーダー? あれは特殊用途に特化しているから前後の記事へ移動するだけのナビゲーションでいいのであって。RSS リーダーしかない世界は不便きわまりないですよ。

だから、HTML 文書にナビゲーション領域と本文領域の両方が存在する確率は非常に高い。見出しは使わなくてもナビゲーションは使う、というくらい。これほど大きな需要があるのだから、属性値ではなく要素レベルで扱うのは当然、と思う。

むしろ、dfn だの cite だの、人気のない要素こそ class や id で十分じゃないのか、と私は思う。あんなもの、いちいち要素として定義するほどのものじゃないよ。

テキストに、既にナビゲーション情報が記述されたものがあつて、それをマーク附けする、と云ふのでなければ、ナビゲーション情報が自然にHTML文書中に出現する筈がない。現状、ナビゲーション情報がbody中に出現するのは、後から内容を書加へてゐるのであつて、マーク附けの理念に反する。

最初から、何らかのウェブサイトの一部として企画され、製作される HTML 文書が現実には多い。私のこの備忘録も、イメージとしては、最初からナビゲーションが配置された文書のフォーマットがあって、空白になっている本文領域に文字を埋めていく、という作業手順。ナビゲーションの方が先に存在する。

CSS はふりかけじゃなくてテンプレートだ、という主張に近い。たいていみんなそうだと思うんですよ、本文を書いてから、最適な CSS を書いてますか? そんなことないでしょう。ふつうは CSS の方が先にある。そして自分が決めたデザインに内容が引きずられたりする。

本末転倒? そんな感じもしますが、でも、ウェブサイトは書籍のような作られ方はしない、という現実を見るべきでしょう。書籍なら、(多くの場合)本文が書き上がってから組版や装丁を考えます。でも9割超のウェブサイトはそうじゃない。フォーマット先行なんです。

コンテンツオリエンテッドな HTML の仕様は、未来を見通し損ねていました。現実にはフォーマットオリエンテッドな仕様が必要だったんです。全員が喜ぶ仕様などありえない。より多くの人にとって便利な HTML を求めるなら、HTML5 の方向性は正しいと思う。

HTML 5は餘りにも「豐か」過ぎて氣持ちが惡い。裝飾過剩は良くない事だ。そして、理念として「文書構造の明示」ではなく「文書の部品の意味の明示」を選擇してしまつてゐる。その上、文書に無駄な部品を追加する事を積極的に奬めてしまつてゐる。石川氏が反對してゐる「裝飾要素の温存」も、さうした文脈で行はれてゐる事だらう。「意味のある部品」ならば、何だつて「あり」だと云ふ訣だ。

しかし、HTML文書は簡潔であれば簡潔であるほど良いと俺は信ずる。今のHTML 5のドラフトが指し示す「將來のHTML」には反對だ。

HTML4.01 や iso-html が廃止とか非推奨になるわけじゃないようなので、コンテンツオリエンテッドな文書製作をしたいなら iso-html をご利用ください、ということになるんじゃないのかな。私は HTML5 を使いたいと思わないけれど、歓迎する人がたくさんいるものを「作るな」とはいわない。

装飾過多なYahoo!ブログを使えてしまう野嵜さんなら、HTML5 でマークアップされた文書を閲覧するくらい、さしたる苦労もないと思う。iso-html を使う自由さえあれば、とくに困ることは何もないのではないか。

余談

さすがに HTML3.2 でマークアップされた文書というのはほとんど見かけなくなりましたが、HTML4.01 と XHTML1.0〜1.1 は大きなシェアを維持し続けるでしょう。検索エンジンがうまいこと本文だけから検索してくれるようになるまでには、ざっと10年くらいはかかるんじゃないでしょうか。

10年経つと、今あるサイトの多くは消えます。消えなくても、検索順位はもはや上位にはこないでしょう。リンク元がどんどん消滅していきますからね。だから、HTML5 が普及するなら、10年後には、と思います。

平成19年8月16日

大相撲の横綱・朝青龍が骨折の診断書を出して巡業を休みながら、モンゴルへ帰って日蒙親善のサッカーイベントに参加していたという話題。ちまたでは横綱の自覚とか品格がどうのこうのといった精神論の大合唱となっているように見えますが、私には違和感があります。

根本的な再発防止策は、有給休暇制度の導入でしょう。健康に問題がなくても有給を取ることができる、そういう当たり前の労働者の権利が、なぜかプロスポーツ選手にはない(あるけど知られていないだけ?)。野球の世界ではシーズン中の休暇が認められていますが、選手の意思ではなく監督の指示によるもの。

同じ労働者として、「変だなあ」「おかしいなあ」と思いません? 彼らは高給取りだから? だったら何? 給料と権利は無関係ですよ。お金さえもらえたら人権なんか要らないんですか? 違いますよね? それにプロがみんな高給取りと思ったら大間違い。

巡業に行きたくないなら行かなくていいよ、ただし年間15日まで、というようなですね、そういう制度があっていいというか、ない方がおかしい。いま有給休暇の制度があっても自由に使えない会社が多いようですが、それはそういう会社がおかしいのであって、それを基準にしてはいけない。

怪我だということにでもしなければ休めない、そういう非人間的なやり方を精神論で糊塗してきたから、今回のようなことになる。

スポーツの世界も、そろそろ現代的な労働環境を整備すべきです。ルール破りは、なるほど、よくない。朝青龍が罰せられるのは当然です。でもね、精神論で終らせちゃダメだと思うんですよ。

……ところで、疲労骨折でも余興でちょっとサッカーをすることぐらいは不可能でない、という話も。

なるほどね。でも、この話は朝青龍の免罪符にはならないと思う。取組は不可能でも、土俵入りを見せたり、手形を押したり、サインをしたり、記念撮影に応じたり、といったファンサービスはでき、巡業を完全に休むほどの怪我じゃなかったことには変わりがないからです。

日蒙親善のため、という理由では本業を休めなかった。結局、有給休暇制度があればなあ、ということになるのではないでしょうか。

余談1

スポーツ選手が家族を亡くしても試合を休まなかった話が美談のように語られたりすることがありますが、芸能人がコンサートを休まなかった話というのも、同じように語られたりしますね。一方、庶民が同様に仕事を優先したら冷酷非情と罵られてしまう。職業に貴賎はある、ということか。

泣きたいときには泣き、笑いたいときには笑うのがいい、と歌っている人が、悲しみを押し殺して笑顔でステージに立つのを見て喜んでいる観客、というのは正直どうかと思うけどね、私は。死んじゃった人に義理立てするより、生きてる観客に夢を売る方がいい、という現実主義なら理解できるけど。

あるいは、現にそれが美談として取り上げられる状況があるから、功利的に行動しているということか。

余談2

北海道土産で有名なお菓子「白い恋人」が賞味期限を1ヶ月ごまかしたという話題。

本当は半年くらい余裕なんだけど、4ヶ月と表示していた。で、在庫が溜まってきたので、箱だか包装紙だかを交換して、賞味期限の表記を1ヶ月延長。これが発覚して大変なことになっている。まるで食中毒を出したかのような反応になっています。

最初から賞味期限を6ヶ月にしておけばよかったんだ。あるいは、「安全の確認は取れているので賞味期限を製造後5ヶ月に延長します」と発表すればよかったのではないか。賞味期限表記の変更自体ではなく、その手続きに問題があった、というのが私の認識。

朝青龍の仮病説について、一般紙の記者が地の文でそれを唱えたり、テレビ局職員のアナウンサーがそれを口にしたりはしない。庶民代表のコメンテーターや勘違いしている識者の意見を紹介するに留める。汚いやり方。ただ、仮病説はマスコミのリクエストではないと思う。誤解の放置は意図的でしょうが。

もちろんマスコミに良心はあります。「白い恋人」が製造後半年くらいまでなら安全に美味しく食べられるという話を、私は新聞で知りました。だけどこうした情報は、「不安になりたい」症候群の消費者にはウケないらしい。

平成19年8月16日

事後報告ですが、携帯電話対応 CGI を廃止しました。サーバーの負荷が大きすぎて MT が動かず、記事の投稿もできないのでは困るからです。ドコモの P901iS で月間7万ページも閲覧している人がいて、時間帯次第ではかなりきつかった……。

ちなみに、サーバー全体では訪問者数横這いのようですが、備忘録の読者数は順調に(?)減っているようです。ま、これだけ休んでいればねえ。ただ、RSS へのリクエスト数や利用者数は増えているので、その半分くらいが RSS リーダーだけで読んでいるなら、読者は増えているということに。

月間ページビューと訪問者数の推移

あとメールフォームを廃止しようかな、と思ってます。連絡手段は電話に限定しようかと。あいかわらず携帯電話を家に置きっ放しにしているのですが、機種変更してからは充電台の上におくようにしていますので、以前のような電池切れの心配が(ほとんど)ありません。

トラックバックも、正直、要らないような気が……。ま、ゆっくり考えます。とりあえず電話とメールの諸注意は書き換えました。