趣味Web 小説 2009-08-24

提案:小言の後に、一言ほめる。

病院の待合室でのこと。

小学校1年生くらいの男の子が、おばあちゃんと一緒に順番を待っている。5分くらいはおとなしくしていたけれど、次第に我慢がきかなくなって、もぞもぞし始める。

Tシャツをまくりあげてパタパタしたり、靴をぬいで長椅子の上であぐらをかいたり、雑誌を読むおばあちゃんの腕に抱きついたり、「ねーねーねー」と話しかけるんだけど「なに?」とおばあちゃんが応えると「なんでもない」だったり。

それから、トイレに行くので靴を履きなおしたんだけど、面倒くさがりなのか、マジックテープがきちんと留められていない。どうも自分では何もしなくて、ただなりゆきで重力が適当にテープをくっつけた感じ。

ずーっとイライラしており言葉が刺々しかったおばあちゃん、とうとう怒る。「くつをきちんとはきなさい! みっともない……。どうしてお前は小学生にもなって(以下略)」

男の子は言葉では何も言い返さないが、グズグズとして靴を直さない。きっと、暑い中を歩いてきたので、蒸れて嫌なんだろう。大人の手先・足先は心臓から遠いせいか気温同等に冷えやすいが、子どもの手足は体温とあまり変わらないことが多い。病院の待合室でも、きちんと靴を履くのが気持ち悪いのだと思う。

しかしふつうのおばあちゃんにそんな理解を求めるのは酷な話。公共の場でだらしない姿を晒して恥じない孫に怒りを覚える気持ちはわかる。

顔面が石仮面となった男の子の態度に業を煮やしたおばあちゃんは、とうとう奥の手を出した。「わかった。そんなにいうことが聞けないなら、あとでお父さんにいいつけるからねっ! いくらいっても靴をちゃんと履こうともしない。しっかり叱ってもらわなくちゃね」

よっぽど怖いお父さんなんでしょうね。男の子は全身で「ぼくは嫌々やってます」と主張しながらも、長椅子をおりてしゃがみこみ、マジックテープをいったんはがして足をきちんと靴に入れ直し、テープをきっちり留めた。そしてまた長椅子に座り直して、また雑誌を読んでいるおばあちゃんの背中にしなだれかかる。

背中を振って、男の子の手を払いのけるおばあちゃん。相変らず不機嫌。たかが靴を履かせるくらいのことで、どうしてこんなに手間がかかるんだろう。ああ嫌だ、嫌だ。子どもは面倒くさい。やってられない。そんな感じ。男の子の、達成感で高揚したウキウキ顔が、またもとの石仮面に戻ってしまう。

男の子が、こっちを見た。「徳保さーん、診察室へどうぞー」グッドタイミング。軽く深呼吸。

「よく我慢して靴を履けたね。偉いね」

男の子、ニコッと笑う。おばあちゃんは雑誌から目を離さない。いい笑顔なのに、もったいないな。そんなことを思いながら、待合室を後にした。

補記

子どもが親の指示に反抗し続けると、次第にイライラが募る。だいたい最後にはやることをやるんだけど、あからさまに嫌々オーラを発散させるから許せない。わかる。自然な感情だよね。素直に表現すればいい。

ただ、嫌なことをするのって、ものすごくエネルギーの要ることじゃないですか。褒めるに値しますよ。というか、褒めるに値する、という物の見方もあると知ってほしい。靴をきちんと履いた後でおばあちゃんの背中にくっついた男の子は、なぜウキウキしていたのか。

やって当然のことをしたって、世間は褒めてくれない。でも、家族が世間と同化する必要はないはず。

こういうことを書くと、よく勘違いされるのですが、親が頑張りを褒めても、子が立派に育つわけではない。怠け心や不清潔を正し、道徳を育てるには適切な厳しい指導が必要なのでしょう。一方、子どもを褒めて得られるのは、一瞬の笑顔だけ。それでは不足だ、という方に、無理をいうつもりはありません。

叱るな、怒るな、自律的な成長を待って現状の問題は大目に見よ……それは私の考えと全く違います。子のなす悪・堕落・間違いは、いちいち正すべきで、だから親はたいへんなんでしょう。ただ、子どもの笑顔って、数少ない子育ての報酬だと思うんです。苦労の仕上げに、親子が笑顔になれたらいいですよね。

それに、子どもを叱って楽しいわけがない。だから、「成果は現状と同等以上、叱る回数は減り、笑顔が増える、そんな指導方法を模索していきましょう」と提案し続けているのです。

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