趣味Web 小説 2010-01-26

消費者が決める新聞の未来(再論)

1.

非モテSNS内の日記からリンクされたので、アカウントを取って読んでみました。

誰でもアカウントを取れるSNSの中で「全体に公開」されている記事でもあるし、一部を引用させてもらいます。

カザ太郎 2010年01月26日 00:17
↑の記事によると新聞の価格は
流通+コンテンツ(ジャーナリズム+情報の写し・整理)
こんな良く指摘されてんのに、記事の中程からまたまぜてるんだもんなぁ。
・流通→超ダメ
・ジャーナリズム→価値あり!金になる!
・情報の写し→そもそも写し方がヘタ。価値なし。
雰囲気で書くとこんな感じかとw

今まで水増してた部分が削ぎ落とされて、売上縮小して利益確保じゃないかな。

以下、反論など。

2.

私の記事がわかりにくいのでしょうが、私が書いているのは、人々の直感的理解に反して、金になるのは「印刷物を配達する」という部分であって、「ジャーナリズム」はほとんど金にならない、ということなんです。そして「情報の写し」はバカにされているけれど、実際には、テレビニュースや新聞報道に求められていることの大部分でもあるのです。

具体的には、毎日たくさん出てくる政府発表、広報資料、審議会報告、閣僚や幹部の会見、政治家の会見・インタビュー・講演要旨、各地の警察発表、海外の主要報道の要約、企業の決算、新製品、業界情報、民間団体の調査報告書・アンケート集計、イベント情報、映画・演劇・歌謡、伝統文化、地域情報などをマスコミが報じるのをやめた世界を、考えてみていただきたい。毎日、新聞をきちんと読めば、1日1時間でこれらをざーっとチェックできるわけです。新聞社の情報収集・整理能力は、IT技術がどんなに発達しても、一般人が追いつけるものではありません。

フリージャーナリストが独自取材をまとめた本が1冊1600円で売れる、といった程度には、ジャーナリズムもお金になります。けれども、独自に取材した情報しかない新聞は、ノンフィクションの本と同程度(1,000~10,000部)にしか売れないでしょう。いや、それさえも、ネットに出したら無料で読まれておしまいです。

ネットのマスコミや情報収集系ブログへの蔑視とは裏腹に、人々は「誰かが情報を集約してくれること」を強く望んでいます。ネットがどんなに発達しても、自分で大臣の会見記録を読みにいくのは高々数万人に過ぎません。面白い発言なんて100に1つもないからです。99.9%の国民は、報道機関などが「こんな発言があったよ」と紹介してくれるのを、ただ待っていて、それは合理的な選択なのです。

3.

しかし、じゃあ誰がその仕事をやるのか。通信社がひとつあればいい、というのは、半分だけ正しい。もし国民が興味を持つ発言の見極めが簡単なら、通信社はひとつでいいのです。でも実際には、数十社が取材して、2~3社だけがニュースにして、それが話題になればみんなが報道するし、スルーされれば忘れ去られる、という風になっているのです。毎日、試行錯誤があるのです。だから、1社ではダメなんです。

記者会見の質問だってそうです。いろんな会社の記者さんが、あれこれ聞きます。読者が食いついてくる記事になるような面白い答えを引き出す質問を狙っているんです。でも、ほとんどは空振りです。記者が一人では、すぐにアイデアが切れてしまう。何人も記者がいて、限られた時間内に先を争って質問をして、それでも現状程度なんです。「低レベルな現状」をバカにするのは勝手だけれども、事業仕分けを毎日取材していて、スパコンの「世界一でなければダメなのか」発言が一番ウケるなんて、誰がわかりますか。ニュースへの需要は、膨大なトライ&エラーなしに掘り起こせないものなんです。

「内容さえよければ有料コンテンツを買う」という人は多い。けれども、ギリギリ成功した会社がWSJくらいしかない(それも山本一郎さんが喝破するように紙媒体のブランド力で何とか維持されているもの)。一部の有料メルマガが1万人くらいのファンを掴まえましたが、それでは現在の新聞社の業務を全く維持できません。人々の財布の紐は固すぎます。

4.

無料のネットニュースは、紙媒体でコストをペイしている前提があって成り立っているのであって、紙の新聞が売れなければ存続できません。もちろん、壊滅はしない。ではどうなるかというと、テレビニュース程度の情報量にまで縮小せざるを得ない。現在のテレビの貧弱極まりない報道で十分だというなら、今まで水増してた部分が削ぎ落とされてよかったね、ということになります。

もちろん私は、そんな風には思えない。

政府は毎年数十冊の白書を発行していますが、テレビ報道の取材班は、これを読んでいない。新聞記者が読んで要約して記事にし、その記事をさらに要約してテレビ報道にしています。新聞社が崩壊すれば、テレビ報道もガタガタになります。本当にそれでいいんですか? と私は思うし、山本一郎さんもそういうことを危惧しているのではないでしょうか。

どうせ独自取材の記事なんか少ししかないじゃないか、という「マスゴミ」批判は、報道機関の存在意義を勘違いしているのですよ。政府の何とか白書なんて、10万部もなかなか売れない。それが報道に乗ることで、1000万人程度には概要が伝わるのです。経済白書、警察白書、防衛白書、この3つだけでも毎年読んでいる人が、どれだけいるんですか。

ネット時代になってますます進んできている誤解なんですけど、「必要になってから調べればいい」なんてのは、辞書と文法書があれば英語がわかるというのに近い。ネットニュースは「知りたいことを知る」のには好都合ですが、「興味のないことを含めてさまざまなニュースを効率よく知る」には向いていないのです。だから紙の新聞がネットニュースに移行して消えてしまうとすれば、それは大問題だと思う。

「どうせ紙の新聞だって、興味のないページは読まないもん」ええ、ええ、そうなんでしょう。それが1億人の実感なんですよね。もう諦めるしかないのだけれど、1000万人の側に属する者としては悲しいな。

20年後か、30年後かはわからないが、広告だけでペイする水準まで報道が縮小された世界で、私はどうしているだろうか。ただ単に「面倒」に負けて、乏しい情報から世界を想像しているのかな。いやまあ、現状だって、世界の広さと比較して、私の得ている情報はあまりに少ないのだけれど。

5.

地方の新聞社は、現在でも一般ニュースを通信社に頼り、独自の地元取材を足し合わせて新聞を作っています。この独自取材の部分はネットに出てこないわけで、チラシと同様、印刷媒体を売り続ける引きになりますよね。市場を独占している県もあるくらいだし、地方新聞社は、かなりしぶとく生き残っていくと思う。

危ないのは「全国紙」。産経新聞とか、真っ先に消えそう。現状でも読売や朝日と比較して(広告の少なさを考慮しても)

ま、そうはいっても、私が死ぬまでに新聞業界が完全に崩壊してしまうほど、世界の変化は速くないと思う。20年先を想像しても、固定電話が完全消滅しているとは考えにくいでしょ? VHSに敗れたベータマックスも21世紀まで存続したくらいで、あんなものでも27年間存続したわけ。炭鉱なんかでも、「もうダメだ」といわれてから完全消滅するまでには、ずいぶん時間がかかったんですよね。

それでも、業界の縮小整理は避けられないので、新聞ファンはこの先、長い長い悲しい道のりを歩いていかなくちゃならない。

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