趣味Web 小説 2010-09-06

基礎所得制度について 2

貧困を救うのは、社会保障改革か、ベーシック・インカムか

基礎所得の金額は、いちばんの関心事。にもかかわらず、山森亮さんの著書などを読んでも、根拠は明確でない。橘木俊詔さんとの対談本は読みやすいけど、読了後の感想は「橘木さんの主張する漸進的な改善の方がずっと現実的だし、実際、それ以上のことは起きそうにないな」というものでした。

基礎所得は、あまり金額が大きいと、労働意欲を損ないます。また所得税を財源とした場合の税率が40%程度に収まるのが7万円という水準。それ以上は、とても国民の同意を得られそうにない。そして国民年金の水準も7万円程度。そんなわけで、7万円はギリギリ現実味のある上限いっぱいという数字らしい。

「7万円では生きられない」という意見への明確な回答も見当たらない。でも私なりの予想はあって、それは「1人で暮らすのは贅沢だ」「最低水準の生活=長屋暮らし」というもの。プライバシーを守って生活したければ、基礎所得の他に稼ぎを持ちなさい、と。

両親が健在で結婚して子どもが1人いれば、賃金労働をせずとも月収35万円になります。これは物価の違いを考慮しても昭和50年代に無年金の老親を抱えていた私の祖父母とほぼ同等の経済状況。倹約に努めれば、衣食住には不自由しません(上を見ればキリがない)。

現在でも、国民年金で暮らす老親の片方が亡くなると、経済的な問題で親子が同居することが珍しくないでしょう。同居は生活のコストを下げます。家族のいない人(など)が問題ですが、基礎所得制度が導く解は「長屋の復権」だと思います。多くの人は「そんなのは嫌だ」と思うので、基礎所得が就労意欲を奪う程度は大きくないと思います。

それなら給付の対象者を絞って手厚く保護した方がいい? でも、財産を空っぽにするまで給付されない生活保護などは、まずプライドを傷付けるし、どうしても制度からこぼれ落ちる人が出てきます。「全員を当事者にする」という基礎所得制度は、やはり魅力的に思えます。

……とはいうものの、この話は基礎所得の水準が最低でも月額5万円はないと成り立たない。いきなりそんな高水準で実現するということがありえるか。まず考えられないですね。

補記:

基礎所得制度があれば官庁は要らない、みたいな意見は虚妄だと思う。以前も書いたけど、営利企業は、ルールと、ルールに実効性を持たせる仕組みがなければ、人権侵害だろうと詐欺だろうとやってしまいます。自由市場は消費者の選択によって機能しますが、まじめに勝負するより騙す方が簡単なので、どうしてもそうなってしまうのです。

だから現金給付中心の福祉が実現しても、消費者の真に自由な選択を保障するために、相変わらず官公庁は必要とされ続けるでしょう。規制緩和によって公務員の仕事がなくなるというのは、勘違いだと思う。

夢をかぶせないで、所得再分配のひとつの方法として検討してほしいところ。定額給付金や地域振興券、子ども手当てへの反発をみるに、日本では国民の支持が得られないことだけは明確なようだけれども……。

関連:

孤独死の最大の原因は、人々の価値観です。多くの人は「孤独死」より「赤の他人と気軽に一緒に暮らすこと」を真に忌み嫌っているのです。

国民年金では生きていけない、生活保護が足りない、ベーシック・インカムなんて非現実的……これらすべて「少しでも気の合わない人とは一緒に暮らしたくない」という価値観ゆえです。貧しい人が肩を寄せ合えるなら、ベーシック・インカムは月5、6万円程度あればギリギリ足りるので、現実味を帯びてきます。

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