趣味Web 小説 2010-10-09

「勝ち組」と「負け組」

1.

このところ検索経由で「負け組」と「勝ち組」(2005-02-12)へのアクセスが増えている。いったい何なのかと思っていたが、新聞に『汚れた心』という映画の話題が載り、「これか」と思った。

『汚れた心』は2011年公開予定のブラジル映画。先の大戦後、ブラジルの日系人社会において、日本の勝利を信じた「勝ち組」が、敗北を予想した「負け組」を襲撃した事件を描く。原作はブラジル人ジャーナリストの著したノンフィクション。ネットで調べてみると、夏頃に第一報があったらしい。日本の著名な俳優が主演することが話題になっていた。これはアクセス動向と符合する。

無料公開されている電子書籍(PDF)。160もの作品がまとめられている。ブラジル移民は1908年に始まり、2008年に100周年を迎えた。そこで「ブラジル移民100周年記念協会」の主催行事として製作・公開されたのが『ブラジル移民文庫』なのだそう。第一版公開後も編纂作業は継続され、2010年に改訂増補版にアップデートされた。

この中に「勝ち組テロ事件」を中心テーマとした本が2冊ある。分量はかなり多く、読むのにはかなりの時間がかかる。内容は興味深いが、読みやすくはないと思う。また、記述や証言の詳細さは、必ずしも筆者の見立ての正しさまで保証するものではないことは、注意深く読んでいけば理解されることと思う。

それでもなお、この件に興味があるなら、目を通してみる価値は大きいと思う。

2.

増補版の前書きには、『「ブラジル移民」=「苦労話」からの脱却』と題して、こんな文章が添えられています。

ブラジル移民というと、苦労した人たち、あるいは、日本が貧しかった時代の産物、というイメージがあります。これは一面では真実ですが、すべてではありません。

日本においてそういうイメージが定着したのは、おそらく、報道というものの性質にもよると思われます。安定して生活している人たちより、苦闘している人たちのほうがニュースになりやすい。そういう報道が繰り返されると、それなりのイメージが定着します。

ブラジルにおいても、あえて苦労話をとりあげた時期があった。移民50年祭、つまり第二次大戦後、祖国の勝ち負けで二つに割れてしまった日本人社会が、ようやく融和に向かいだした時期ですが、第一回移民(笠戸丸移民)の苦労話を大きくとりあげ「我々の先輩たちはこれだけの苦労をして、今日の日本人社会の基礎をつくった。われわれも一致団結してがんばろう」という、いわば民族的なサーガがつくられたのです。

これは50年祭には意味があったのですが、以後の著述にも、このパターンが踏襲されたきらいがあります。また、過剰な人口のはけ口としての移民が国策として送り出されたことも事実ですが、実際に事に当たった官民の指導者たちは、けっして余剰人口の処理などではなく、あくまで「日本人の海外発展」という大きな目標で動いていたことも事実です。

いずれにしましても、本「移民文庫」の目次を見ていただいただけでも、決して単なる「苦労話」だけでは括れない社会があったことをご理解いただけるのではないかと考えております。

なるほどな、と思い、どんどん読み進めていった。まずは手軽に眺められそうな写真集から。

……しかし、読んでも読んでもゴールが見えない。後書きを読むと、概算で16万ページ分をスキャンしてテキスト抽出を行ったとある。ウェブで公開されているのは、その一部に過ぎないわけだ。160作品=160冊であって、とても1週間やそこらで読める量ではなかった。

プロジェクト・マネージャーは『ブラジル勝ち組テロ事件の真相』著者の醍醐麻沙夫さん。単純な紙面のPDF化ではなく、テキスト抽出に労を割いたのは英断だと思う。どうせならHTML文書にしてくれれば……とは思うが、もともとDVDに焼いて配布したものだそうで、PDFの方が製作しやすかったのだろう。

3.補記

2005年の記事にも書いたことを、あらためて補記しておきたい。

ときどき、ブラジルで起きた事件を引き合いに出して「これが「勝ち組」「負け組」の本来の意味」などとする説明を散見する。だが「戦後ブラジルの日系人社会において、「勝ち組」「負け組」という言葉がそのように使われた」という以上のことがいえるのか。「本来の意味」とまでいうのは勇み足ではないか。

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