趣味Web 小説 2011-09-13

干渉が嫌なら手助けは有償になる

1.

必要なのは
「いざというときに、特に知識面で相談できる人が近くにいること」でしょうか。
これは別に「社会が」なんて大上段でなくて構わないんです。
町にひとつくらいに、子供が病気したときとか
私ではどうしたらいいか分からないときに「いつでも」相談できる場所があればいい。
近場に小児科医などはあり、良い先生でしたけれども
この「いつでも」という安心感は与えてくれませんでした。
並んでいたら待たなければいけないし、あまり小さなことでは相談しにくかったりと
完全ではなかったように思います。

私たちは子供のことを基本的には自分で何とかしたいと思ってます。
社会に甘えたいわけじゃありません。そんなにたくさんを求めていません。
ですが、もう少し安心して子育てしたいと思ってます。
ちょっとだけの理解と、いざというときのための手助けがあればいいなと思ってます。

もう少し社会というものを信頼させてほしいんです。
私は子育て時には「社会」というものに対してかなり不信感を強く抱きました。

個人的には、この増田さんの要望は、実現するのがとても難しいと思っている。

2.

私の周囲でも「子育て中はいろいろ不安だから、相談できる相手がほしいよね」という話は何度か出てきた。だがそのとき、「ただし……」と続く条件がある。

素人に、ただ経験者だというだけで偉そうに指図されたり、プライバシーに踏み込まれたりするのは絶対にNG。病気への対処、健康管理、育児・教育の全てについて信頼できる知識の持ち主で、しかもカウンセリングの技能があって、「あの人になら何でも相談できる、相談したい」と思える人がほしい。

さらに詳細を伺うと、次のような意見が出てくる。

これは、ボランティアを募って対応できる話ではない。健康相談まで受けるのだから、相当高度な教育を受けている必要がある。そのうえ増田さんが実質的に求めている「いつでも」「待ち時間ゼロ」「些細なことでも相談しやすい」を実現するには、数十万人のマンパワーを要する。人件費だけで約2兆円。育成費と施設費も、かなりの金額になる。

3.

両親や義父母と同居しても、パパ友やママ友同士で仲良くして悩みを相談しあっても、ご近所付き合いを濃密にしても、自分が本当に求めているレベルの支援は得られない。それでいて、これらの人間関係を維持するために必要なコストは(主観的に)耐え難い水準。

具体的には、例えば、3分間愚痴を聞いてもらうためには、その後で10分間もご高説を拝聴せねばならない。しかも、聞いたことを実践していないのがバレると、さらに30分のお説教が追加される。そのうえ感謝の強要だ。こんなことでは、とても割に合わない。少なからぬ現代人が、今や、そう思うようになった。

増田さんの「ささやかな望み」の実現費用は消費税1%分くらい。これが真に「社会への信頼を回復する切り札となる政策」なら、私は増税に賛成するが、実際のところどうか。

増税が嫌なら、「自分にできる以上のことを他人に求めない」前提で話を組み立てるしかない。お勉強して育児と健康のエキスパート+カウンセリングの達人になって、地域の人々のために空き時間の全てを開放する……とか、無理でしょ? 自分にできないことは、他人にもできない。自分自身を見つめ直さずに「社会に不信感を覚えました」といっても、どうにもならない。

4.

ふつうの人は、自分が納得できるやり方でなければ、無償で他人を手助けすることはできない。だから、増田さんのように干渉を拒否して理解だけを求めるなら、お金を出して人を雇うしかない。そんなの「本物の親切」じゃない、と思うかもしれないが、「本物の親切」は貴重品。一般人とは無縁のもの。

干渉が嫌なら、かわりに給金を支払う。干渉は嫌、お金も払いたくないなら、助けを呼ぶのを諦めるしかない。ここはそういう世界なんだ、と割り切れば、道は拓ける。

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