高校までの学校の歴史の教科書は「無味乾燥」と批判されることが少なくない。教科書ではないが、教科書風に編集された『聴くだけ世界史 古代-近代』から「身分制議会」の項の一部を紹介する。
プランタジネット朝のジョン王は、フランスのフィリップ2世に敗れて大陸領の多くを奪われ、また教皇インノケンティウス3世に敗れて、教皇の封建的臣下になるなど失政が続いた。そこで貴族たちは、王にマグナ=カルタを認めさせた。しかし、ジョン王の子ヘンリ3世がマグナ=カルタを無視したため、貴族のシモン=ド=モンフォールは反乱を起こし、それまでの貴族の会議に都市の代表などを加えた議会を開いた。これが、イギリスにおける身分制議会の始まりである。その後、エドワード1世時代には、後世の議会の模範となった模範議会が開かれ、14世紀には上下二院制となった。
- 年表
- 1215 マグナ=カルタ(大憲章)
1265 シモン=ド=モンフォールの議会
1295 模範議会
『聴くだけ世界史 古代-近代』に「マグナ=カルタ」が登場するのはここだけであり、その解説も引用した部分が全てだ。「簡潔すぎて論外!」と怒る人の顔が目に浮かぶ。私も、高校生の頃は、そっち側だった。
何せ引用部のような圧縮された記述が400ページ近く続くのだから、ふつうに取り組んだらウンザリして放り出すこと間違いない。それに、これだけの記述ではマグナ=カルタが何なのかすらわからない。カードゲームの一種と誤解されたりして? そのあたりはやはりどうしても資料集などで補足する必要があると思う。
が、それでもなお、今の私の中では、かつて受けた「山川の教科書を暗記するまで勉強しなよ」というアドバイスは正しかったな……という気持ちが勝る。
マグナ=カルタの具体的な内容とか、それが後の歴史に及ぼした影響、あるいはマグナ=カルタ起草時の面白いエピソードや、その背景にあった思想やら何やらという話は、たしかに面白いだろう。けれども、マグナ=カルタについてまず押さえるべきは、マグナ=カルタは貴族が王を掣肘するツールとして登場し、それだけでは不足だったので議会という機関が誕生した、という流れなのだと思う。
イギリス王はなぜ戦争に連敗したか、貴族がなぜマグナ=カルタや議会を発案したか(発案できたか)、など疑問を持つ人もいよう。憲法とは何か、立憲君主制とは? なども興味深いテーマだ。が、個人的な興味に深入りする前に、まず通史を概観すべきではないか。学習意欲も、時間も限られている。引用したような簡潔な記述の積み重ねでさえ、上下巻で400ページ近くを費やさねば世界史を語り終えることはできない。歴史のお勉強が大好きな人は内容豊富な教科書を読み込むこともできるのだろうけれど、全員が取り組むには荷が重い。
エリート様はあれこれ無茶をいってくださるが、庶民の教養としての世界史は、高校レベルでも高度すぎるくらい。私は高校1年で世界史を履修し、定期テストでクラス上位の成績をキープしていたのに、シモン=ド=モンフォールの議会とか模範議会といった言葉に聞き覚えがない。授業は1年を費やしてアメリカ独立戦争まで進んだので、勉強していないはずはないのだが。「世界史? 得意だったよ」という昔のクラスメートも、ホンモノを除けば実態はそんなものだって。
歴史の好きな人に、「これくらいの本で勉強している」という話をすると、「こんなスカスカの本じゃ何もわからないよ」みたいなことをいわれたりするんだけど、「そうですよねー」と受け流すのがよいと思う。
ネットで有名な『世界史講義録』は、ほぼ同じ内容を2.3倍の字数を費やして説明している。意外にコンパクトで、スッキリとした解説だが、ほんの少し説明を詳細にするだけで分量が2倍以上に増えてしまうことがわかる。
ちなみに『世界史講義録』はひとつの記事がだいたい50分の授業1回分に相当し、『聴くだけ世界史 古代-近代』の項立てで3~5項目、読み上げ音声にして15分くらいの内容を扱っている。週に3回授業があれば9~15項目進むわけで、まじめに取り組んでみると、これはなかなかハイペースだ。
私は小学生の頃から社会科の先生が嫌いだった。教科書を最初から最後までちゃんと授業中に取り扱った先生が、小中高で2人しかいなかったからだ。「授業でやらなかったページは自習してください」は3学期の恒例行事。しかし『世界史講義録』などを見るに、ちゃんと1年で教科書を終えるのは容易なことではない。
そうはいっても、教科書が終らない教師はダメだろ、と思う。思うが、ハードルを越える難しさも理解したということ。「プロなんだから」などといって切断するのは、私の流儀ではない。