趣味Web 小説 2011-09-27

お客さんが喜ぶ=上司も喜ぶ

1.

和菓子屋での修行の回、従業員たちが新しい和菓子の案を出す時に、大吉アナは、「故郷を離れて働く子供が、親元を離れて初めて親のありがたみがわかって、親に感謝して贈るための和菓子」を提案したところ、和菓子屋の女将さんに、「悪いけど、お利口さん」と評されてしまう。一方、他の従業員は「焼肉を模した和菓子で、名前が『叙々苑』」を提案する。女将さん曰く、こっちのほうが面白い、と。その後、大吉アナは、ポッキーを木の枝に見立てた和菓子を作り、自分の殻を破ることができた。

次に行った旅館のご主人は、特に厳しく、自分が良く見られようとしたり、形だけ取り繕おうとすることを許さない。真にお客さんのことを考えて行動することを求める。これはつまり、大吉アナに対して、上司である自分のご機嫌を取ることを許していないのだろう。

和菓子屋と旅館、両方に共通していたのは、「自分が良く見られたい」という心を徹底的に排除しているということだった。和菓子屋なら、良い和菓子を作るのが目的であって、その和菓子を作っている自分が良く見られることではない。旅館なら、お客さんにとって良いことをするのが目的であって、自分が良い従業員だと褒められるためにするのではない、ということなのだろう。

母は、意識上では他人に対する親切心のつもりでいたが、実際は自分が悪く思われないための行動だったので、私が相手にとって良いだろうと思ってしたことが、母にとって良くなかったということがよくあった。

yuhka-unoさんのようなことを仰る方は多いのだけれど、私は納得できない。

2.

和菓子屋の事例は、テレビ番組の企画で和菓子屋に弟子入りした若手アナウンサーが「まじめ」な新作和菓子を提案したのに対して、この店で実際にお客さんに喜ばれるのは「気取らない面白さ」ですよ、と諭された話。アナウンサーの発想が無条件に悪いのではなく、客をよく観察して商品開発をしなさい、ということ。

翌週、旅館に弟子入りしたアナウンサーは、その仕事ぶりを「形だけ取り繕っている」と批判されます。しかし、本当にそうだったのか。「パッと見には問題ないけど、実際にはお客さんへの配慮が足りない状態」だったのは事実だとしても、それは単に思慮の浅さの表れでしょう。そこに「形だけ取り繕う」意図を見出すのは、悪意の解釈だと思います。

私は、yuhka-unoさんのお母さんのケースも、基本的には同じだと思う。yuhka-unoさんが、良かれと思ってやったことであっても、お母さんから見たら「それは逆に相手を不愉快にさせるよ」だったり、あるいは「こうした方が、もっといい」だったりしたのでしょう。逆にyuhka-unoさんから見て、その指示は納得できないもので、結果もいまいちだったから、理不尽に感じたのだと思います。

つまり何がいいたいのかというと、和菓子屋の女将と旅館の主人は「相手のための気遣い」をしていて、若手アナウンサーとyuhka-unoさんのお母さんは「自分が嫌われないための気遣い」をしていた……という対比には同意しない、ということです。

……よくわからない? では、再論します。

3.

本来、お客さんにとって良いことをすれば、良い従業員だと褒められるはずです。これを分離して考えなければならない状況は、おかしい。

例外はあります。いくらお客さんが喜ぶとしても、営利企業の根幹が揺らぐようなことをしてはいけない。長い目で見て利益が得られると判断できれば、目先の利益を削ってもよいですが、そうでないなら、いくらお客さんが喜ぶとしても「あれもタダ」「これもタダ」みたいなことをしてはいけない。

そうはいっても、世の中にはお客さんにとって良いことをせずに、良い従業員だと褒められるケースはあるじゃないか、と。うん、それは、「成果」を判断する上司の目が曇っているのですね。

例えば、和菓子屋のケース。女将が気に入った案と、アナウンサーの案を両方とも実際に商品化してみたら、アナウンサーの提案した和菓子の方がよく売れたかもしれない。この場合、「気取らない面白さ」を狙った和菓子を提案した先輩こそ「客より上司の目に適応した従業員」であり、女将も「客の実際の好みより自分のセンスを優先する上司」だったことになります。

ようするに、yuhka-unoさんが仰っているのは結果論です。それなのに、「まじめ」な和菓子は客に受けないという仮定をまるで事実のように扱って、そこから逆算して、「アナウンサーは客のことをきちんと考えていなかった」とする。この主張は言外に「ちゃんと考えたなら、そんな答えにはならないはずだ」という意味を含んでいるので、アナウンサーはお客さん以外の何かについて考えていたのでなければ矛盾します。それで「こういう提案をすれば上司ウケがいいと思ったんだろう」なんて悪意の解釈が出てくるのです。

でも、「上司ウケ狙い」なんてのは、言い掛かりです。本来「お客さんが喜ぶ=上司も喜ぶ」のはずです。「上司ウケ狙い」なんて批判が成り立つなら、まともな提案はひとつもできなくなってしまう。

和菓子屋の女将は、さすがに言葉を選んでいます。お利口さん……つまり、案としてきれいだけど、売れる商品という感じがしないということでしょう。物の売り方として、理詰めで納得させるというやり方があり、これを志向すれば「きれいな提案」になります。しかし経験的には、これは茨の道なんですね。女将の意見には、私も説得力を感じます。

でも、私がアナウンサーの立場だったら、「実際に客の反応も試さずに適当なことをいうな」って思いますよ。いっても仕方ないから実際には黙っているとしてもね。ポッキーを木の枝に見立てた和菓子自分の殻を破ることができたとか、なんてムカつく番組なんだろう、と思う。

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