「根拠」が一言も書かれていない。
それが、上記エントリを読むべきでない、たった1つの理由である。
とみーさんの記事を批判するvoodoo_childrenさんの記事に、いったいどんな根拠があるのかと思ったが、「そんな気がする」程度の話でしかなかった。自爆ではなかろうか。
ただ、私もとみーさんの記事には首を傾げる点がある。Creative Commons(CC)の規約違反に見えるのだ。元記事の利用条件はCC BY-NC-NDだ。私の解釈が正しいとすれば、とみーさんは、次の4項目を満たす必要がある。
実際はどうか。まず第1項だが、クレジット表示が記事へのリンクのみ。CCでは、原著作者の名前と公表年を明記することを求めているのだが……。第2項は、とみーさんのブログは営利目的ではなさそうなので問題なさそう。第3項は厳しい。とみーさんは元の記事を端折って翻訳しており、二重の意味で加工にあたるだろう。最後に第4項だが、とみーさんは元の記事に新たな内容を加えておらず、CC BY-NC-NDの表示が必要なケースだと思う(参考:CC FAQ)。
とみーさんが権利者から特別に許可を得てそのようにしているなら、何も問題はない。だが私は、とみーさんは他人の権利に無頓着な人で、「リンクしておけばいいだろう」と勝手に翻訳しているのだろう、と疑っている。あるいは、きちんと許可を得ていたのだとしても、どうして「CC表示をしない」ことを望むのか。CCの恩恵を自分だけ享受して、他人へリレーすることに消極的なのは、自己中心的な態度だと思う。それとも何か、私の想像を超えた事情があるのだろうか。
とみーさんの抄訳が無許可だという証拠がないので、これ以上の言葉は控える。それに、もし無許可だとしても、実際に原著作者の方に問い合わせたら、CC BY-NC-ND違反をとくに問題視せず、許容の意向を示されるのかもしれない。過去、そうした例を、いくつか目にした。
それでも、「盗用」以外は何も問題視しない日本のネット世論は、非常に気に食わない。先走って過剰な批判をすることは自制しなければならないが、「CC違反ではないか?」「許可を取ったのか?」という疑いの声は出て然るべきだと思う。9割超は、実際に権利の侵害をしている事例だと、私は確信している。
日本ではそういうことを気にする人があまりにも少ない。だから記事の勝手な再利用が横行する。日本でCCが普及しないのは、無断転載禁止と書いてあっても勝手に転載して「問題があれば削除します」などと勝手なことをいうような人が後を絶たないからだろう。そんな状況では、CCの意味が、ほとんどない。
ご指摘ごもっとも。記事を改訂しました。(2011-12-28)
2011年も終ろうとしていますが、CC0はまだ日本語化されていないんですね……。きちんとした翻訳って、やっぱり時間がかかるみたい。
英語で書かれた、自分でも詳細な部分をよく理解できてないライセンスを付与するのは、どうも気が進まないのだけれど、エイヤっとCC0を宣言しようかな。今はフッターに「著作権は主張しません」と書いているけれど、これに加えてCC0を宣言すれば、よりわかりやすくなると思う。
標準のリンク先に加えて、こちらのページにもリンクすれば、実質的な不都合はないかな?