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53 もみじ
 ようやく庭のモミジが紅くなりはじめました。本来であれば、モミジは「紅葉」と書きたいところです。しかしコウヨウも「紅葉」と書きますので、さてどうしたものかと迷ってしまいます。秋にこそ、モミジを紅葉と書きたいのでが。
01/11/04 (Sun)

52 TTSRC
 陰鬱な朝の空気を吹き飛ばし、強い陽射しに気温も上がった午後のこと。駅の改札口を出ると、制服姿の一団が待ち構えていました。「テロ事件関連の救援募金です。どうかご協力ください!」
 聞くと、日本赤十字社ルートだとか。全国のインターアクト部伝統の集金システムですが、思えば今回の事件でこうした高校生たちを見かけるのは、これが初めてのことでした。いささか政治的、しかも宗教も絡む事件だけに、地震の救援募金のようにはいかなかったのでしょうか。
 しばし考えた挙句、高額紙幣を一枚出しました。数日前に夏の給金が入り、週末辺りに富士銀行ルートで募金に参加してみようかと思っていたのです。しかし安給金とはいえ丸一日分ですから、大事にしてほしいと思いました。
 それにしても。
 働き盛りの高校生に募金活動をさせるのは、もったいない話です。募金集めはリタイアしたご老公にお任せすればいいではありませんか。インターアクト部の仲間だけでいいから、どんどんアルバイトをさせて、給金の5割を募金に回したらいかがでしょう? 私の出身校のようにアルバイトを禁止している進学校では、案外実効性のある案だと思うのですが……。
 中学3年時の文化祭でチャリティーをやりましたが、勤労体験に欠ける中高生は他人のお金に無頓着です。打ち上げをやったら足が出たので、いただいた募金から数百円を補填したという話には心底呆れたけれど、わかっていないというのは、つまりそういうことなのです。
 募金活動など、しぶとく続けても三日間まで。たしかに三日間だけ見れば、実際にアルバイトをするよりも効率がよいのでしょう。いい汗かいたと満足するのでしょう。
 しかし、アフガンの現場では年単位の支援を要します。地震からの復興だって、まさか三日ということはありえません。現場で真剣に問題に取り組む人たちと、募金活動をしている中高生とは、あまりにも精神的な隔たりが大きすぎます。
 インターアクト部の活動であれば、学校教育の一環です。ボランティア活動が、一過性の「いい汗かいた」で終ってしまっては、教育としては片手落ちではないのでしょうか。臨時収入の一部を募金してくださいという「お年玉募金」と同様、もう少しどうにかならないかと思います。
 人のお金を頼る前に、まず自分で汗をかいたお金を募金させるべきではないのでしょうか。
     * * *
 TTSRCという活動があります。テロ事件関連のフリー募金で、多くのサイトが参加しています。
 うたい文句はこうです。「どこの国、どの人種、どの思想、どんな政治、そんなものより前に『一人の人間』として、目にしてしまった悲劇に痛む胸があるならば、少し、時間をわけてください。コンピューターに向かっている時間の、ほんの少しを、『輪』が『和』に繋がることを願って、ほんの少しの行動を」
 斬鉄剣でTTSRCの存在を知ったとき、正直いって、当村にもつけてみようかと思いました。けれども、よくよく考えてみますと、当村の規模では最高でも総額数百円の援助にしかなりません。
 気持の問題なのだから金額は関係ない……のでしょうか。たしかにそれは正論でしょうが、私は逆に、気持の問題として釈然としませんでした。
 手間暇かけてサイトを更新して、お客様にTTSRC経由でフリー募金に協力していただいく……そして募金しているお金はDFF社のスポンサー企業が出しているのです。それでいいのか。わずか数百円を、他人に払わせるのか。
 私は、自分が一番納得のできるやり方で、分相応に気持を形にしていきたい。本当のところ何にもならないのかもしれないけれど、それでもできることは少しでもしていきたい。
     * * *
 と、書いてみたものの、実際のところTTSRCに参加された方々は、私のように募金自慢をすることなく、陰でそっと実際の募金にも協力しておられるのでしょう。例えば、TTSRCを主宰する宮本さんのように。
01/10/13 (Sat)

51 救い
 世の中には飽きるほど「頭がいい」といわれつづける人がいます。しかしそういった人たちはさすがに少しは賢いようで、あまりそのことを喜びません。かえってイライラすることが少なくないほどです。
 たしかに「頭いい」とは誉め言葉ですが、その言葉がもつ効果には邪悪なものがあります。「あの人は頭がいい、自分とは違う、だから自分は努力してもあの人には追いつけない」……そうして、努力しない自分を正当化し、失敗の原因を他所に押し付けるのです。
 日本はいまや、「頑張らなきゃ死ぬ」という世界ではありません。自発的に努力できない人は向上の機会に恵まれません。強い意志を保つことは凡人には難しいもの。なのに、輝いている人がまぶしくて、羨ましい。
 頑張ればどうにかなるのに、努力しない自分が嫌になる……そんなとき、「あの人は頭いいから」というのは、非常に便利な免罪符になります。「やってもどうせダメだったんだ」と思い込むことができれば、自分の不作為を後悔しないで済むではありませんか。
 人にはそうした弱さがありますし、人生の全ての場面で頑張ることはできません。すぐ行動しなければと思うばかりで時が流れ、後悔することも少なくありません。そして、何か言い訳がほしくなるのです。例えやったところで無駄だったんだと、自分に言い聞かせたくなるのです。私もそんな一人です。
     * * *
 私は「頭がいい」といわれつづけて育った一人です。しかし今も、そうした評価には釈然としない気持になります。
 けれども、「頭がいい」といいたい人にはいわせてやろうと思います。私もそのかわり、「あなたは才能があるからいいよね」といいつづけたい。
 非建設的な話です。しかし私は、人から「救い」を奪いたくないのです。自分の「救い」を守るために。
     * * *
 ただ、ひとつだけ大切なことは、自分で自分のことを、本当に馬鹿だと思ってしまわないこと。自分で自分を諦めてしまわないことではないでしょうか。
 例えば自動車学校には、教官に厳しく注意されて、自分には車に乗るなんて無理だと諦めてしまう人がいます(周囲の励ましで復活するのが常ですが)。しかしよく周りを見れば、自分よりよほど危なっかしい運転をしている人がいます。必死にハンドルを握って頑張っています。そしてみな、脱輪や衝突といった事故を繰り返しつつも、卒業していくわけです。
 その間、どれだけ教官に平謝りに謝って、反省しているかわからない、自己嫌悪に陥るかわからない。それでも、最後の最後まで自分を追いつめない、見限らない、諦めない。そうすれば、免許はやってきます。本当に卒業できなかった人なんて、合宿の場合、1%未満だそうですから。
 明るく、前向きな「救い」を信じていきたい。
2001/10/11(Thu)

50 津波+3
 9月11日、カウンターが1700ほど回った。
 ろじっくぱらだいすに代打日記が掲載され、バラ職人という筆者名に、当村へのリンクが貼られたのだ。
 代打日記のテーマは「意味がわからないけど何故か心に残る言葉!」だった。8月31日募集。
 私が応募したのは「ドリフト更新」というわずか6文字。運よく採用されれば、村長への誕生日祝いになるだろうと思った。過去の例を調べると、200ヒットは見込めることがわかる。ただしこの大量アクセスは一過性で、一週間もせずに元の状況に帰する。
     * * *
 ろじぱら読者となって7ヶ月、100万ヒット達成から500万ヒット突破まで見続けてきた。代打日記への応募に、これまで楽しませていただいた感謝の気持が作用したのは事実だ。以前には応援メールを出したこともある。
 しかし、私の根本的な狙いは、当村のアクセスアップにあった。
 先人の多くは失敗している、かに見える。だが私は、わずかに勝算を見出していた。
 ろじぱら読者公称30000人の1%、300人のご訪問をいただく。その1%、3人だけ読者を増やすのは不可能なことだろうか?
 私は村長と対策を練り、そしてフレームの改訂などを行った。不安を多く残してはいたが、まずまずの準備ができたと思う。
     * * *
 代打日記掲載当日、リードミー計測で1200人の方の訪問をいただいた。当初予測の4倍だった。
 そして9月26日に39人という結果が出るまでずっと、以前の最高記録(40人)を上回りつづけた。村長はじつに健闘したと思う。
 この間、累計8000ヒットを達成し、リードミー計測100人以上/日も6日間にわたって体験した。村長の掲げたアクセス数に関する大目標は、いずれも達成されたことになる。
 当村はアクセス数にして30〜40/日、リードミー計測の訪問者数にして30人前後/日がもともとの状況だった。先週のリードミー平均が45人/日だから、少なくとも12人以上、お客様は増えている。
 もっとも、1200という初日の数字は多分に偶然であって、私は12という数字にはこだわらない。 "+3" さえ維持できれば、目標は達成できたと考える。
 まだろじぱら津波は終っていない。
 しかし、それにしても……。
     * * *
 『重要なのは「来る客を増やす」ことではないのじゃよ。「来た客を逃がさない」ことなのじゃ。』ろじぱら2001年7月18日日想より抜粋
2001/10/07(Sun)

49 モモの逆襲
 若い警備員は、唐突に立ち止まった。
 ゆっくりと自動販売機に歩み寄る。
 とある駅の通路、帰宅ラッシュを少し過ぎた時刻。人通りはまだ多い。しかし、彼の動きに目をとめたのは2人だけだった。
 老警備員が、何か声をかけた。手にはビニール袋、四角い紙箱が頭をのぞかせている。
 若い警備員は振り向いた。ぼんやりとした表情だったが、何か腑に落ちないことがあるようだった。少し首を傾げ、口元がものいいたげに半開きになっていた。
 だが、彼は黙って口を閉じた。
 老警備員が手で合図すると、若い警備員は自動販売機に背を向けた。
 なにごともなかったかのように、巡回歩行は再開された。
     * * *
 私は老警備員のはるか後方から、一部始終を見ていた。
 警備員たちが歩み去るのを横目に、私は自動販売機に近づいた。
 なるほど、年貢の納め時なのであろう。
 ふだん果物の上に仁王立ちしているQooが、逆立ちして果物を支えていた。その表情は、いささか苦しげに見えた。
2001/10/06(Sat)
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