outsider reflex の Latest topics も「ブログ化」して変わったな、と思う。以前から現在のようなことを Piro さんは書いていらしたのだけれども、「ブログ化」によって書くことの敷居が下がったら、こうも話題が偏るようになったか、と。はてなダイアリーがテキストサイト界に与えた影響とか、はてなブックマークが云々とかもそうなのだけれど、昔、私が想像していたことはナイーブに過ぎました。
システムやサービス、もっと広くは執筆環境次第で、人々の生み出す作品は変わってしまう。夏目漱石がブログを使えたなら、「漱石日記(岩波文庫)」はどんな内容になっていたろう?
ちなみに岩波文庫版の漱石日記は抄録で、全体は漱石全集の第19巻、第20巻で読むことができます。2巻で1000ページを超える大著ですが、極東ブログの方が分量は多いようです。このあたりもウェブで麻痺しがちな感覚。
高校時代、私は文藝部に所属しながら何も書かず、高校3年間に400字詰め原稿用紙で1000枚分以上も小説や随筆を書いた仲間をすごく尊敬しました。今でも当時の小説を読み返して、やっぱり面白いので尊敬の念を新たにするのですが、受験とかいろいろ考えてはみても3年で1000~2000枚というのは、内容さえ問わなければ自分にもできることだったのだな……というあたり、最近ふと気がついて驚いているところです。
少し話は変わりますが、上記リンク先の約2年前に書いた記事、全面的に大間違いでしたね。結果としての見た目をどう調整したところで、はてなダイアリーははてなダイアリー、MovableType は MovableType、Doblog は Doblog、書き手にとって、「同じ」ツールとはなりえない。コミュニティの問題や各サービス特有の機能を云々するまでもなく、基本的な設計の違いはやはり大きい。実際に各サービスを一定期間使ってみた私の実感。
昔は「冗談でしょ」と相手にしていなかったけれども、ココログでなければ面白いことを書けない人、はてなが管理画面を変更したら更新頻度も内容も落ちてしまう人などは、いても不思議ではない。MT とココログだって、けっこう管理画面の見た目は違うし、兄弟のようなサービスとはいえ、どちらを使うかによってブログの質には変化が出てくるに違いない。もちろん、システムに影響される度合いは人それぞれでしょうが。