趣味Web 小説 2009-01-26

「不運」で企業が世論に叩き潰される社会

中国河北省の天洋食品で製造された冷凍餃子を食べて体調を崩した日本人が数人おり、調査の結果、冷凍餃子から農薬のメタミドホスが検出された。複数の流通ルートを経由した全国各地で同様の被害が発生したため、日本の調査チームは中国国内での薬品混入を疑った。

しかし中国の調査チームは「農薬は日本国内で混入された」と断定。商品回収と取引中止の憂き目に遭った天洋食品は被害者として同情され、河北省主導で回収品の地元業者への払い下げが行われた。結果、中国国内でも複数人が吐き気や腹痛を訴える事態となった。幸い、重症患者は出ていないという。

天洋食品は先進的な生産体制を整えた中堅企業で、日本国内の食品加工企業と遜色ないレベルの管理システムを有していたという。それだけに、よりによって天洋食品の製品が問題を起こしたのは衝撃だった。

品質管理の現場を少しでも知っていれば、ほとんどのケースにおいて、現実に実行可能なあらゆる安全対策は、悪意ある従業員がいれば突破されうることを理解されると思う。

しかし私たちは、どうしても「天洋食品の管理体制に問題があったから事件が起きたのだ」と考えてしまう。逆にいえば、「管理体制が万全なら事件は起きなかったはずだ」と。

ここに不幸の原因があるのではないか。

おそらく天洋食品は標準的な対策を全て実行済で、過去の記録にも不審な点がなかったのだろう。だから中国当局は天洋食品は「白」と判定した。しかし天洋食品の従業員に悪意を持って農薬を混入した者がいなかったとは限らない。が、この理屈は日本の消費者に通用しないし、中国でも同様だろう。

日本では、仕方ないから会社に損を被ってもらうことになっている。私は理不尽だと思うが、多くの日本人は「従業員の犯罪は雇用主も責任を免れない」と考えている。法律の世界では「対策の取りようのないことに責任はない」のだが、世論は法学者の見解に同意していない。

いや、違うか。現に事件が起きたんだから、何か不備があったはずだ、と考える。そこに錯誤がある。他人事になると、空想的な安全対策が平気でポンポン口端にのぼる。

ともかくそんなわけで、不幸にも悪意ある従業員がいたために、天洋食品は日本の企業と取引を停止されてしまった。中国当局は天洋食品の管理体制に不備がないことを確認したが、犯人は不明。天洋食品を守るなら、残る手札は日本国内混入説だけだった。妄想含みだが、私はこう考えている。

2chの反応(2008-08-06)を見ると、中国人を嘲笑する声が目立つ。しかしこれは、「天洋食品に問題がない=中国で農薬混入はなかった」という中国世論の短絡、「現に事件が起きたのだから天洋食品には問題があったはずだ。取引停止は当然だ。倒産したって知るものか」という日本世論の酷薄、双方が招いた悲劇だ。

不運な企業を人為的に潰していいのか。完璧な企業はない。叩けば埃は出るだろう。2005年から2006年にかけて、姉歯さんの個人犯罪で2社が消え、2社が大ダメージを受けた。それでも世論は許さない。そこで司法が粗探しをして、3社のトップが有罪となった。暴走する世論の恐ろしさを、まざまざと見せつけられた。

天洋食品の農薬入り餃子問題は、結果の重大さでは日本企業の産地偽装などとは比較にならないが、企業としての悪質さは別問題である……と私は考えるが、多くの人はそう考えないらしい。だから私が「天洋食品が存亡の危機となるのは理不尽だ」といっても「はぁ? バカじゃないの」。

日本人はこれからもずっと他人には酷薄であり続ける。また第二第三の天洋食品はきっと現れる。そして中国は日本の通った道を歩み、罪なき企業が世論に叩き潰されるのを歓迎する社会になっていくだろう。今回のような事件は、いずれ起きなくなる。だが、それでバンザイという話ではないと思う。

補記:

日本へ輸出される前に回収された餃子を食べて、中毒症状の出た人がいる。日本国内の流通過程で農薬が混入したという主張は説得力を失った。しかし工場から出荷される前に回収された餃子だったとまでは書かれていないから、事件の現場が天洋食品の工場内なのか、中国の流通過程なのかは、まだ謎らしい。

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