趣味Web 小説 2010-11-17

Twitter の返信率はなぜ高いか

  1. 2010-11-17 メモ作成
  2. 2010-12-07 記事公開
  3. 2010-12-08 全面改訂

1.

かつて私が掲示板を閉じたのは、そこが社会的に「寄せられた意見に応答すべき場所」とみなされていたからでした。掲示板への書き込みを無視すると罵倒されるのに、掲示板がないことへの文句は少ない。ブログのコメント欄も同じで、コメントを無視すると怒られるのに、コメント欄がないことへの文句は少ない。

ここで重要なのは、システム自体ではなく、それを解釈する文化の方です。「掲示板やコメント欄を用意するのは、応答意思の表明だろう。なのに私(たち)の投稿を無視するのは裏切りだ」と考える人がたくさんいる(いた)から、掲示板がないことより、掲示板への投稿を無視することの方が、強く批判されたのです。

昔、掲示板やコメント欄への投稿は、自動的に「返信を希望する」という言外のメッセージを持っていたと思う。そうだからこそ、「返信は不要です」と書き添える投稿もされていたのではないでしょうか。

2.

はてブのコメントに、私はあまり反応してきませんでした。ウェブ日記やブログからの言及にも、だんだん反応しなくなってきています。私の応答を求めているのかどうか、よくわからなくなってきたからです。

私の記事にリンクしてはいても、それは読書感想文の課題図書を紹介するような意味。記事中に疑問文があっても、それは内省的なもの。リンク先の記事の筆者である私の回答を希望するものではないらしい。言及側の記事の読者もそう認識しているから、「この言及を無視した徳保はチキン」とはいわない。

近年、言及記事に何らかの応答をしても、スルーされることが増えました。私がコメント欄で反応すると、むしろ「ネタ元に反応されても困るんですけどー」的な雰囲気を漂わせた応対が珍しくないのです。

昔のテキストサイト界隈ではふつう、個人が趣味で書いた記事に文中リンクして批判する人は、批判対象の記事の筆者とのやり取りを(多少は)望んでいたと思う。人気サイトの場合は被言及が多いから、無名サイトの書き手はなかなか相手にしてもらえない。だから、批判対象の人気サイトから文中リンクして返信されると嬉しかったりしました。

現在でも、一部にはそうした文化が顔を出すことがありますが、たいていの場合は違うようです。なので、10年ほど前とは異なり、「私に対する意見」という解釈が成り立つ構成の言及記事であっても、返信がスルーされたり、おざなりの対応をされる確率が高い。私も何度か悲しい思いをして、学習しました。

はてブのコメントも同じでしょう。私が記事に追記して言及しても、ポイント送信メッセージを送っても、無反応。形式的には「私に対する意見」でも、私の反応を望んではいないのでしょうね。

3.

ところが、Twitterが普及して、私は「えっ!? はてブユーザーって、こんなに気さくだったの?」と驚きました。はてブとTwitterに同時投稿している人に@で返信すると、高確率でレスポンスがあったのです。

あらためて考えてみると、はてブユーザーは、以前からエントリーページ内での会話はしていました。Twitterの@や、はてブのIDコールは、「応答を希望する」の明示的なサインとして文化的に通用している様子。だから、Twitterの@などを見れば、相手が返信を求めていることが明瞭に理解できるらしい。

私がはてブへのレスとして行ってきたポイント送信メッセージや記事への追記は、なぜ無視されたか。それは、はてブユーザーの側から見て、「応答を希望している」と判断できなかったからでしょう。それはちょうど、私がはてブコメントの大半や、言及ブログに応答しなくなったことと、同じなのだと思います。

そういえば、ブログが日本に入ってきた頃は、「トラックバックを無視するのはヘタレ」という文化がありました。当時、トラックバックは応答希望の明示的なサインとみなされたわけです。しかし近年、あまりそういう話を聞きません(皆無ではない)。SPAMが多すぎて、「トラックバック=言及通知≒応答希望」という文化が崩れ、「トラバ≒宣伝」という風に文化的な解釈(人々の認識)が変わったのではないでしょうか。

今では人気ブログのコメント欄も、ブログ管理人の返信を求める場ではなくなってきています。むしろレスしてる暇があったら新しい記事を書け、みたいな。コメント欄のシステム自体は昔と同じなのに、文化の方が変化しているのです。

まとめ+α

  1. 少なくとも現在、通常の場面において「言及≒応答希望」という図式は成り立たない。
  2. 応答を希望するなら、何らかの形で、明示的に意思を示す必要がある。しかし言葉で明瞭に「返信希望」と書くと意味が強すぎるし、微妙なニュアンスを伝えようとすると、字数を食って面倒になる。今のところ、Twitterの@は程よい手間と強度で応答を要求できる仕組みとして機能している。
  3. Twitterの@も、将来的にはブログのトラックバックのように「無視するのが当たり前」になるかもしれない。システム自体より、いまその「場」にいる人々の認識・文化の方が、返信率への影響は大きい。

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