趣味Web 小説 2010-11-15

Twitter が普及して考えを改めたこと

1.

10月に作ったメモをもとに、11月13日に整理して公開した記事。最初は「memo:節約のコツ」と「memo:」を付していたくらいで、とくに目新しい内容はない。それでも面倒くさがりの私が記事にしたのは、これが私の思い出の記録を兼ねていたからだ。自分の人生の記憶は、自分で文章にするしかない。

なぜかスルスルとブクマが伸びて、私の記事では初の1000ブクマ突破となった。Twitterでもたくさん感想をいただいた。正直、わけがわからない。「リンクすればいい」は実情に即していない(2010-02-02)で紹介した例のように、主に偶然でウケた類の記事なのかな、とも思う。

いくつかのコメントにあったとおり、「それができるならとっくにやってる」という種類の話なのだ。まあ、世の中にはこういうことができる人もいるよ、と主張することには意味があると思う。でも、大勢にとっては無関係な話だろう。「あー、これは無理。俺は無理」っていう。

細かいところでは、「外食NG」への言及の多さも意外だった。そういう各論に力点のある記事じゃないので。いやまあ、筆者の意図とは関係なく、自分の関心について書くのは全く自由なんだけど。

2.

SBMのコメントに反論したい人には、メタブクマ、ブログ、雑誌に寄稿、チラシ配布、街頭演説、抗議デモ、他にも様々な方法が用意されています。反論権は十分に担保されていると思う。

SBMのコメントには同ページ内で反論したいと思うのは、同じギャラリーの前で反論したいから? でもSBMのコメント一覧ページに並んでいるのは、過去のブクマ記録。今その場にいるギャラリーの顔じゃない。

それに、SBMのコメントに同ページ上で反論したって、大して読まれない。ブロガーなら、記事本文に追記するべき。字数制限もないし、より大勢に言葉を伝えられる方法だからです。これは零細ブログでも同じ。コメント欄が炎上しても、コメントより本文の方が読まれるのと同じ。このあたり、錯覚してる人が多いと思う。

ブロガーの特権に気付く人が、もっと増えるといい。新聞記事やテレビ報道、あるいはメディアの向こう側の事象、身の回りのこと、ブロガーたちは何でもブログに書いてる。批判対象が決して読まないことを知っていてさえ書いてるよね。それでいいんだ。SBMのネガコメだって、ブログで反論すればいい。

3年が経ち、いくらか経験が増え、そしてTwitterが普及して、私は少し考えをあらためた。

私が先ほどリンクした記事を書いたときに想定していたのはプチ炎上状態だった。一人二人に反論したって仕方ないじゃないか、と。しかし、プチ炎上など、そうそう起きることではなかった。この3年間に私が「はてブコメントへの反論のしにくさ」にイラ立ったのは、もっと別の場面だった。

例えば、せいぜい一人か二人の「読み違い」に基づく批判や悪罵がそうだ。そんなもの放っておけばいい、とは思う。だが、過去の他のコメントを眺める限り「理解できる」コメントを書いている人の場合、「何とかならないか」と諦めきれない。少数であれ誤読する人がいるとわかったのだから記事に補足説明を追記すればいい? それはそれで有意義だと思うので、私はちょくちょく記事に追記したり、より意図が伝わりやすい文言に改定するなどしてきた。

が、それで満足できたかというと、残念ながら、そうではなかった。プチ炎上の場合、(私の主張に正対した批判はあって当然として)誤読に基づく批判の増加ペースが落ちればそれでいい。しかし、僅かなコメントが気になって追記などをした場合は、まさにそのコメントが訂正されないと、どうも納得がいかない。

経験上、いくら記事で補足説明をしてもコメントが訂正されることはほとんどない。それで、はてなポイント送信メッセージ機能で何度か直接のコンタクトを試みたのだが、数十回メッセージを送信してみて、返信がきたのは片手の指が余る程度でしかない。メッセージの末尾にメールアドレスも添えていたのに、そんなに返信や対応が面倒くさいのかね。

これと比較すると、Twitterはまだしも返信率が高い。記事に追記したり、ポイント送信メッセージを送るより手軽でもある。これはいいな、と思った。

3.

はてブでいちばんわからないのは、疑問形のコメントを書いてる人。疑問があるならお答えしましょう、ということで、何度か解説をポイント送信メッセージで送ったのだけれども、一度も返事がない。いい加減にしろ、といいたい。イチャモンを付けたかっただけなら、そうとわかるように書いてほしい。

何人も同じ質問をしているなら記事に追記するが、一人か二人なら、個別に回答したい。やっぱり記事に追記するのは敷居が高い。マークアップの面倒とかもあるけれど、それ以前に、不特定多数に向けた記事と個人宛のメッセージとでは、私の中での位置づけが違うのだろうな。Twitterへの投稿などは、結局、公開の場で書いているのだから「同じ」はずなのだけれども、書く側の気持ちは違っている。……ということは即ちTwitterは失言の確率が高い危険なツールなのだが、それはまた別の機会に。

ともかく、Twitterのように、記事で返信するより手軽で、反応がある確率の高いサービスが登場してみると、「こういうの、自分もほしかったんだな」と認識させられた。

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