人に夢を与える美しい作品を紡ぐことは、 一種の蒸留作業だ。 広い意味での現実の素材を取捨選択して再構築する。
蒸留作業の結果、作者のもとには「ゴミ」がたくさん残る。 もちろん「ゴミ」も新たな素材となるかもしれない。 いやなるだろう。 だが、夢を与える作者は、夢とほど遠い「汚いモノ」に埋もれていくのかもしれない。
大島弓子先生が昔、インタビューされたとき、 一方的に打ち切るように、自分を「フィルタの上に残るコーヒーの出しがら」にたとえていた。 「わたしの本質は毒です」とさえ言っていた。 純粋なものを蒸留するのだから、確かにその蒸留フィルタである作者のなかに蓄積されるのは不純物であり毒物であるのかもしれない。
天才バカボンに、途方もなく汚い部屋で美しい小説を書いている男の話がある。 バカボンのママは、その小説のファンだった。 男の部屋を掃除してやる。 部屋は見違えるようにきれいになるが、男は美しい小説を書けなくなり、 それどころか男の書くものは途方もなく下品な話になってしまう。
夢を与えるとは、美しいものを抽出し、 現実のもつある種の汚さを捨象することだ。 不純物が混入し汚いからこそ、それを蒸留する作業が意味を持つ。
入力が汚くなければ、出力が美しくても、それは創造ではない。
夢を紡ぐ作業とは、不純物の蓄積作業だ。 あるがままの現実から離れた、不自然な行為だ。
あるいは、自分の羽をむしり、やせ衰えながら、自分の体を傷つけてまで美しい織物を作るツルのようなものかもしれない。
あるいはまた、清純でかわいい歌をうたっていた歌手が、むしられて、最後はヘアヌード写真集を出すようなものかもしれない。
単に破壊的な行為の結果むくいを受ける者もいれば、 夢を与える行為の結果、むくいを受ける者もいる。 「夢のような素晴らしいこと」は、定義によって、従来の現実を無視しており「破壊的」だが、単に破壊的なのではなく、 そこには夢がある。 と同時に、そこには常に「常識」や「現実」から逆襲される可能性がある。 非難の内容が今ひとつハッキリしないとしたら、そのわけは、 その行為をグローバルに見るとき、本質的に人に夢を与え、多様で実り多い未来へと向かうベクトルだからだ。
破壊的である以上、非難される面もあるが、 夢を創造した以上、称賛される面もある。 作者が社会人として非難されなければならないとしても、 その一方で、人に夢を与えること自体を非難することは難しい。 ましてその夢が真の創造性によるものであるとするならば。
このような考え方は決して「夢の創造」を価値的に正当化するものではないが、価値的に批判するものでもない。 「夢」と「人間の現実」の関係を、現象として、記述してしているに過ぎない。
きれいなものを作ることは、汚いものを隠すことだ。 嘘をつくことだ。 たぶん、多くの偉大な芸術家たちは、現実的には薄汚れた存在なのだ。 それはセンセーショナルなメディアが騒ぎ立て、 あなたが目を輝かせて読むような「ショック!偉大なる人物の裏の顔!」などではない。 例外的なスキャンダルなどではない。 一般に、夢の創造とはそういう構造の現象なのだ。
天にましますわれらの父よ…
はい?
じゃましないでください。お祈りしてるんだから…
おまえがおれを呼んだんだろ。
あなたを呼んだ? 呼んでませんよ。お祈りしてるんです。天にましますわれらの父よ…
ほーら、また。
またって何が?
おれを呼んだろ、おまえ「天にましますわれらの父よ」って。聞いてやるから。どうしたの?
特にどうってことでもないんです。ただ、あれですよ、いつものお祈り。いつも主の祈りを唱えるんです。なんていうかすっきりして、つとめを果たした気分になるんです。
へえ。どうぞ続けて。
御名をあがめさせたまえ。
ちょっと待った。それどういう意味だ。
「それ」って?
「御名をあがめさせたまえ」
それは…その…あの…困ったな、意味は知りませんよ。分かるわけないでしょう。主の祈りの一部ですよ、とにかく。ちなみにどういう意味なんですか。
「立派」「神聖」「すごい」って意味さ。
あー! なーるほど。これまで「あがめさせ」って何なのか考えたことがなかったです。御国を来たらせたまえ。御心が天に行われるがごとく、地にも行わせたまえ。
それ本気で言ってるの?
もちろんですよ。
それでどうしようっていうわけよ。
どうしようって…別に何も…。あなたが天国でやってるように、地上の万物をちゃんとコントロールしてくれたらいいなぁと。
おれがおまえをコントロールすると?
それはその、教会に行きますし。
そんなこと聞いてるんじゃねえよ。おまえのその変な欲望とかさあ。 それに短気だし。まじ問題あるぞ、おまえ。 金遣いもあれだな。自分の物ばっかり買って。 そのうえおまえが読んでる本と来たら…。
ああだこうだ言わないでください。教会に行ってる他の偽善者どもと同じくらいにはまともです。
おいおい…、おまえおれの意思が実行されますようにって祈ってたんじゃなかったのかよ。もしそうなってほしいなら、まずそう祈っている自分自身から始めなきゃだめだろうが。
分かりましたよー。確かにそれはわたしには心のわだかまりがあると思いますよ。言われてみれば、ほかにもいろいろ問題あるかも。
あるぞ。
こんなこと今まで考えたことなかったけど、確かに変えたいとは思っているんです。何ていうかその…軽やかに生きたいとは思ってるんです。
結構。話がかみあってきたよ。協力しようじゃないか…。おまえとおれとで。輝かしい勝利だ。おれも鼻が高いぜ。
ねえ神様、もう終わりにしたいんですけど。いつもこんな時間かけることじゃないんです。…日々の糧を今日もお与えください。
おまえ糧を減らした方がいいぞ。太りすぎだろ。なあ。無茶なダイエットもダメだぞ。
ちょっと待ってくださいよー。何だってあれこれ日常生活に口をつっこむんですか。わたしは宗教的な義務を果たしてただけなのに、突然割り込んできて、ああだこうだと。
祈りっていうのは危険なものなんだ。何かが変わるかも知れないわけだろ。まさにそれがおれのやろうとしていることで。おまえがおれを呼んだ。だからおれが来た。今さら遅いよもう。祈りを続けろや。どんな祈りが続くのやら興味津々だ。(間) …ほら、続けろよ。
怖くなってきました。
怖い? 何が?
何て言われるか予想つくんで…。
予想が当たるか試してみ。
われらがわれらに罪をなす者を許すがごとく、われらの罪をも許したまえ。
おまえジョーを許したのかっ?
やっぱりそう来たか! やつのことを言いだすと思ったよ。だってあいつは嘘をついて、金をだまし取ったんですよ。貸した金は返さないし。絶対許せねえ。
だけどおまえの祈り…祈りはどうするね。
それとこれとは別です。
ふーん、まあその正直さはほめてやろう。だがな、まさかそれで神の厳しさから逃れられるとは思ってないよな。
思ってませんけど、とにかくジョーにぎゃふんと言わせなきゃ気が済まないし。おおっ、いい考えが浮かんだ。ジョーめ、自分のしたことをたっぷり後悔させてやる。
うんにゃ、そんなことしても気は晴れないぞ。むしろますます気分が悪くなるぞ。復讐なんて楽しいものじゃない。おまえ今幸せじゃないだろう、なあ、おれはそれを変えられるんだぜ。
変えられる? どうやって?
ジョーを許すんだ。そしたらおれはおまえを許す。そうなれば憎しみも罪もジョーの問題で、おまえは関係なくなる。金は損をしただろうが、それで気は晴れるんだ。
でも神様、ジョーの野郎、許せませんよ。
じゃあ、おれもおまえを許せねえ。
そうでしょうね。あなたはいつも正しい。わたしだってジョーに仕返ししたい以上に、神のもとで正しくありたいわけで…。(間)*タメイキ* じゃあ…仕方ない…やつを許すかな…。でも、あいつにまっとうな生きる道を分からせてやってくださいよね、神様。考えてみると、あいつ悲惨だよな。何とかしてあいつに生きる道を分からせてやってください。
よく言った! 気分はどうだね。
ふーむ…。悪くない。悪くないな。実にいい気分だ。今晩は安らかな気分で眠れそうですよ。記憶にある限りこんなことって初めてです。これからは寝不足で疲れてるってこともなくなるかもしれないな。
まだ祈りは終わってないだろう。続けなさい。
え、ええ…。われらを試みにあわせず、悪より救い出したまえ。
いいぞ、いいぞ…。そうしてやろう。おまえは試みにあうような状況に身を置かないようにするだけでいい。
どういう意味ですか?
変な場所をうろつくな。変な映画やテレビを見るな。友達づきあいも変えろ。おまえが友達だと思ってるやつのなかには、ろくでもないのがいるぞ。このままだとすぐに、とんでもないことになるからな。やつらは「これは楽しい」と言いまくるが、おまえにとっては身の破滅だ。おれを非常口にするなよな。
おっしゃる意味が分かりません。
分かってるくせに。今まで何度やったよ…同じことを。やばい状況になる。まずいことになる。あわてておれを呼び出すんだ、「神様、助けてください。もうこんなばかは二度としませんから…」そんな取引をおれに持ちかけたの覚えてるだろ、なあ。
はい。とても恥ずかしいと思っています、神様。本当に。
どの取引を覚えてるんだ?
ええと、近所のバーから出るところをお隣さんに見られて…妻にはちょっと買い物に行くって言ってあったんですけど…それで「神様、どうか彼が妻にこのことを言いませんように! 毎週日曜日には教会に行きますから!」って祈ったの、覚えてます。
あいつは奥さんに言わなかっただろう。それなのにおまえは約束を守らなかったなあ?
すいません、神様。本当に悪いと思ってます。今までずっと、毎日主の祈りを唱えれば何をしてもいいと思ってたんです。こんなことが起こるなんて思ってもみませんでした。
続けろ。祈りを最後まで。
あ、はい…。国と力と栄えとは、永遠になんじのものなればなり。アーメン。
なあ、おまえどうしたら、おれに栄えがあるか分かるか。どうしたらおれがハッピーになると思うね?
分かりません。教えてください。神様に喜ばれたいです。そうしたら人生もすっきりするし、神のもとで生きられたら素晴らしいでしょうから…。
それが答えだ。
答え?
そうだ。おまえのようなやつがおれを愛するようになること。それがおれの栄えさ。おまえとおれの間ではそうなるだろうな。おまえの昔の罪もいくつか明るみに出て、精算されたし…。力を合わせれば、予想もつかないことができるもんだ。
神様、あなたと力を合わせたとき、わたしに何ができるか試させてください。
ああ、いいぜ。
この文章は Clyde Lee Herring 「If God Talked Out Loud...」の一部を元にした、 ファンによる翻訳です。 もし Clyde Lee Herring 「If God Talked Out Loud...」の翻訳版が正式なライセンスによってあなたの国で発売された場合、 それをお求めください。
If God should speak (Herring, Clyde Lee: If God Talked Out Loud...)