趣味Web 小説 2010-10-14

学歴インフレは壮大な無駄

1.

従業員が、家庭を持って子供を育て、子供が極端に優秀でなくてもそこそこの大学に行けるだけの賃金を支払わない会社が、採用の条件に「大卒」を課すのは、家庭からの搾取だと思う。再生産はさせませんが果実だけいただきます、ってことだから。

大学で学んだ内容をストレートに必要とする仕事なら、同意できる。ポスドクとか、研修医とか。常勤の仕事として、あまりにも給与が低すぎるのではないか。でも一般論としては賛成しない。

企業が大卒に期待するのは地頭の良さと勉強熱心な性格。企業にとって、大学の学費は無駄なのだ。その無駄なものに払うお金が足りないから給料を増やせと文句をいわれても、困る。しかし完全に信頼できる能力指標がない以上、「同じ能力なら高学歴が有利」の罠は機能し続ける。企業は学歴インフレの被害者だ。

2.

「同じ能力なら高学歴が有利」の悪循環、大卒が多すぎる、もうこれに尽きると思う。

かつてアルバイト先で体験したことだが、中学レベルのテストでも、好成績を収めるのは学歴のある人が大半だった。人手不足になって経歴不問で募集をかけたら様々な人が応募してきたのだが、最低限のペーパー試験を通るのは大学生と大学卒が9割超だった。結局、多くの応募者に会ってテストと面談をするコストが割に合わないと判断され、学歴条件が復活した。

昔、某大学図書館の図書整理のアルバイトは、近隣の大学の掲示板だけに募集広告が出ていた。なんで大学生限定なのか、訊ねてみると、「まじめな高校生なら勉強してるでしょ。バイトしてるような高校生は、急にサボるからね」。短期バイトなので面接はできない。安全を見込めば学生限定になる、という。偏見が実体験によって補強されたケースだと感じたが、私は反論しなかった。

病院のカルテ整理のアルバイトも、学生限定だった。病棟の建替えにともない、数十年前のカルテを整理して倉庫にしまう準備だとかで、50人くらいが集められた。「学生ばっかりなんですね」「え? だって、カルテだし」「でもこの仕事、アルファベットと数字の順番さえ間違わなければ誰だって……」「いや、大学生の方が安心でしょ」この仕事は2日限りの短期。面談したら割に合わない。電話申込だけでOKを出すなら、大学生に限定しないと、という。

大いに偏見含みだとしても、採用側にとって「大学生や大卒なら安心できる」のは現実だった。個人を見ろ、というのは正論ではあるが、進学率が高まるにしたがい、進学しない人の平均レベルが落ちていくのは単純な事実である。大卒で足切りする合理性は高まる一方だ。そうして、経済的事由などで能力と無関係に進学できない人だけが損をする。

3.

学歴インフレは壮大な無駄だ。

私が入社した頃、勤務先には高卒部長がいた。大学なんてたった4年間のことに過ぎない。入社後にきちんと勉強を積み重ねた人は、技術者として非常に優秀で、圧倒された。ただの学卒などまるで相手にならぬ。ところが、大学進学率が上がるにつれ、高卒で入社する人の中に大卒上位者と伍する者が現れなくなっていった。昔は高卒取締役もいたそうだが、今は部長も大卒と院卒だけになった。

別に、やっている仕事は同じだ。私は研究や開発の職場を転々としてきたが、定年間近や延長雇用の方には高卒の方が多かった。でもそんなこと、全然わからない。材料力学も制御工学も電磁気学も、私よりずっと理解が深い。電験三種などの資格も持っている。大学なんて、存在意義がない。つくづくそう思った。だが、いま高卒に門戸を開いても、先輩方のような優秀な人を採用することは、不可能に近い。

4.

企業は大卒がほしいのではない。そこそこ頭がよくて、まじめにお勉強をする能力のある人がほしいだけなんだ。

おかしいのは、優秀な人がみんな進学してしまう世の中だ。しかし「同じ能力なら高学歴が有利」の悪循環がある限り、進学の合理性は揺るがない。今後も大卒の割合は増え続けていくだろう。

絶対に実現されないだろうが……景気が好転し、若年層の雇用環境が改善されたら、大学をバッサリ減らしてほしい。好景気の人手不足の中で進学率が下がれば、「大卒」足切りは終わる。多くの会社にとって、それは過剰に厳しい条件となるからだ。

そして、進学率が大幅に下がれば、1人あたりの予算は何倍にもできる。そうなれば、大学無料化だって可能なんだ。私程度の人には、大学なんて行かず、さっさと就職して稼いで、税金を納めてもらう方がいい。

優秀な人は親の収入に関係なく大学へ行けるが、一般人は中卒や高卒で就職する。そういう社会の方が合理的だと思う。

5.

仕事と関係なく教養を学ぶ場だって必要でしょ……って、それ、放送大学じゃダメなの?

学生だった頃から思っていたのは、こんなだらけた学生のために税金を使われてしまう納税者はたまらないよな、ということ。とても優秀なら、勉学の意欲に乏しくても、支援する価値はあるかもしれない。だが実際は、私程度のアタマの学生が優をたくさん取って院試の学力検査を免除されてしまうような大学で、大勢が留年しているのだった。まして底辺大学の学費まで無料にするなんて、納税者の過半は許せないだろう。

高校無料化は無駄遣いだと批判された。そりゃそうだと思うよ。勉強する気のない高校生がたくさんいる現状で、一律に学費の無料化なんて。それなのに、いま高校の進学率が高くなりすぎて、中卒枠採用はリスクが高くなり過ぎ、就職枠が狭い。だから、みな高卒資格を「必要」としている。馬鹿馬鹿しい話だ。

「子どもの選択肢が親の収入に制約される不平等」の解消には大賛成。高校無償化、大学無償化、大いに結構。ただし「枠を絞って進学率を下げる(勉強熱心で有能な人だけを進学させる)」「勉強の不得手な一般人には通信制高校や放送大学を利用してもらう」といった施策とセットで進めてほしい。

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