趣味Web 小説 2011-02-18

トースト先生(幼少の思い出1)

読みながら、実家ではどうだったかな、と思った。

1.

子供3人を含む5人で生活しています。何が一番大変なのかと言うと、朝、パンを5枚焼くのが大変です。ほとんどのトースターはパンを2枚ずつ焼くことができる、いや、焼く能力があると思います。つまり、5枚焼こうとすると、3回焼かねばなりません。朝起きていきなり5枚のパンを焼くというのは、他の人になかなか伝わりづらいストレスだと思います。

両親は、子どものパンを焼かなかった。私も弟も、物心ついた頃から、自分が食べるトーストは自分で焼いていた。だいたい最初に「いただきまーす」というのは母。次が父。

私たち兄弟は、洗面台に届かないから、風呂場で洗面器に水を張って顔を洗う。それから子どもでも取り出せるよう洗面台の下にしまわれたタオルを取り出して、顔を拭く。弟と洗面器の取り合いなどをして時間をロスするから、ダイニングへやってきたときにはもう、両親のトーストは焼けている。つまり、トースターは空いている。

私たちは、テーブルの上に置かれた袋からパンを取り出して、トースターに入れる。トースターは2枚焼きで、子どもは1人で1枚しか食べないから、スイッチを押すのは1回でいい。私も弟も、スイッチレバーを押し下げたかった。ジャンケンにしたら、後出しだとか何とかいって水掛け論になる。母が「先にパンを入れた方がスイッチを押す」と決めたら、二人とも顔をテキトーに洗って、走ってダイニングに駆け込むようになった。「ちゃんと顔を拭きなさい」といわれても弟はテーブルに水滴が落ちるのも構わずパンを入れる。私は「ずるい!」といってつかみかかる。

両親のト-ストを焼いたばかりだから、トースターは熱い。それなのに焦って揉み合いながら食パンを突っ込むので、私も弟も、しょっちゅう火傷をした。母は「これほど火傷を繰り返しても懲りないとはバカな子たちね」と笑っていた。弟が火傷をしたら、母と私とで火傷の治療をする。ベランダのアロエの葉を切ってきて、皮を剥いて、火傷したところに貼り付けて固定する。だいたいこれで治る。私が火傷をしたら、母と弟が手当てをしてくれた。

こうして私たちは、「トースターのどこを触ると熱いか」とか、「熱いところの近くでは空気がユラユラして見える」とか、「火傷はアロエで治せる」とか、「火傷するくらい熱いものも触った瞬間にはそれほど熱いとはわからないので、触って確かめるなんて戦略は通用しない」とか、「濡れ雑巾では熱がすぐに伝わってきてしまう」とか、「でも分厚い濡れ雑巾越しなら、熱いかどうかを触って確かめられる」とか、「中綿のある乾いた布があればチンチンに熱くなっているものでも安心して運べる」といったことを学んだ。

外の世界では、中学生になってもこうした生活知を欠く同級生が珍しくなく、たびたび閉口させられた。みなどうしてトースト先生に教えを請わなかったのだろう。

2.

さて、朝にこうした教育をするためには、ふつうのご家庭より1時間は早起きしなければならない。父は早番、遅番、夜勤、日勤と起床時間は毎日のように違っていたが、母は5時起きを徹底していた。母は主婦である。ただ私たちを教育するためだけに、母は早起きをしていた。

私たちが珍しく喧嘩をせず、トラブルも起こさずに朝食を摂り終えると、時間が余る。そんなとき母は、私たちを連れ出して、朝の世界を見せてくれた。草の葉に露がつき、指でそっとなでると大きな雫になる様子、バケツに張った氷、朝もやの空気……いま思い出すに、私はなんと恵まれた環境で育ったことだろう。

弟はそのうちにトースターへの関心を失ってしまったのだけれど、私は自動でパンがポンッと飛び出してくるのがとても気に入り、小学校へ上がった頃には、両親より早く顔を洗ってダイニングへ行くようになった。「お兄ちゃん3枚お願いね」といわれると、私は喜んでパンを入れ、だんだん電熱線が赤くなって、香ばしい匂いが漂いはじめ、そしてポンッと熱々のトーストが出てくるまでをジーッと眺めていた。私はポンッを何回も見たいから、「ねーねー、急ぐ? 急がない?」と訊ねる。「急がないよ」といわれると、私はトーストを1枚ずつ焼いた。至福の時であった。

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