趣味Web 小説 2009-02-26

学生に「自分の頭で考える」力を与える(かもしれない)授業案

0.

「自分の頭で考える」を重視する方々が行っている授業・講義について、私はこれまで学生に考えさせる授業(2007-07-03)、レポート課題の設計法(2007-12-06)、講座設計のイロハ(2007-12-12)といった記事で何度も批判してきました。

とくに新しい提案はありませんが、これは大切なことだと思うので、今回は大野左紀子さんの文章に材を採り、あらためて持論を書きたいと思います。

1.

「ジェンダー入門」の講義を担当した大野さんは、学生たちの優等生な答に満足できない。

わざわざ私なんかに言われなくても、「性規範をなくしていくべきだ」ということは、大学生でも頭では理解している。しかしその頭の理解と感情とが乖離しているのは、彼らのレポートから見えた。彼らの「実感」がそこには伴っていなかった。

「実感」とは、「性規範は良くない。では自分はどうしたらいいのか。自分の言動や意識からなくすことができるのか。あまり自信がない。ではどうしたらいいのか」という、なまなましい葛藤である。

私は学生にまずそういう葛藤をしてもらいたいのである。葛藤しながら自分の内面を深くエグってもらいたい。とってつけたような優等生な答などいらん。そんなの、そこらのジェンダーの手引書でも一冊読めば書けることだ。

……と、いうことであれば、教師の仕事は、学生が「葛藤」し、その概要をレポートに書けるよう、授業を組み立てることです。

2.

ジェンダーの手引書を要約して内容を伝達し、授業の最後に「性規範は良くない。では自分はどうしたらいいのか。自分の言動や意識からなくすことができるのか」というテーマでレポートを書きなさい、と指示しても、少なからぬ学生が、通り一遍のことしか書けないでしょう。

なぜなら、葛藤するにも、自分の内面を見つめるにも、さまざまな技術が必要で、それは誰もが大学入学時点で身につけているものではないからです。

「自分の頭で考えなさい」とだけいわれても、呆然としてしまう学生がいるのです。それは必ずしも多数派ではないかもしれませんが、いま能力を欠いている学生こそ、真に教育を必要としているはずです。

3.

短いレポートに書けるような「葛藤」は、かなり単純化されたものです。問題を整理し、情報を取捨選択して図式化する、そうしたことができなければ、言葉にならないもやもやした気持ちを前にして、立ち尽くす他ない。これではレポートを書けません。

そもそも何も思い浮かばない学生もいます。何をどうすることが「ジェンダーについて葛藤すること」なのか、十分にイメージが形成されていない。あるいは、イメージは持っていても、自分の経験や思いを、そのイメージで検索する訓練が不足しているのかもしれません。

あるいは、教師が「学生の葛藤」自体を教育成果と位置づける授業では、「悩んだ末の結論」は評価対象とならないのがふつうですが、学生がそのことに気付いていないケースもあります。教師の「結論は問わない」という説明が信頼されないことも、珍しくありません。経験が教師の言葉を「建前」と認識させるのです。

こうした諸問題に対処するのは教師の手に余る、と思う方もいるでしょう。しかし私は、これは教育可能なことだと考えています。

4.

何らかの葛藤を試みているレポートを100枚ほど集めると、いくつかのパターンがあることが見えてきます。これを、パターンA、パターンB、パターンC、その他、などと分類します。

Ex. A:内面化された性規範に起因する葛藤 B:周囲の人々の持つ性規範に起因する葛藤 C:制度に組み込まれた性規範に起因する葛藤 その他:いろいろ

次に同じ学生のレポートを並べてみると、題材を変えて何度も同じパターンを繰り返している学生が少なくないことに気付くはずです。

こうした事実は結局、葛藤もまたパターン化された思考技術のひとつとみなせることを示しています。つまり、教育可能です。さらに踏み込むなら、教育した方がよい、といえます。なぜなら、葛藤を学生任せにしている限り、葛藤の幅が広がらないことが予想されるからです。

5.

もし私が大野さんの授業を代講するならば……。

まず、教科書的な基礎知識は、それはそれとして理解してもらわねばならないでしょう。最低限、覚えてほしいことを簡潔に提示し、ペーパーテストを実施します。定着度が不十分なら、次の授業でも5~10分程度の時間を割いて復習し、少し問題を変えて再テスト。平均点が目標に達するまで可能な限り頑張ります。

絶対に覚えてほしいことを初期の授業で扱うのがポイントです。時間は有限なので、後の授業で扱う優先順位の低い内容は、定着不十分でも諦めねばなりません。

続いて、教科書的な考え方を何らかの具体例に適用していく訓練を行います。「考え方」は、実際に何度も使ってみて、誤解があれば正す、というプロセスを経なければ身につきません。(→具体的な訓練方法

以上の準備を経て、「葛藤」に取り組みます。パターンA、パターンB、パターンCそれぞれについて、きちんと例題と演習を繰り返します。

1回の授業で3パターンそれぞれについて例題+演習のセットを実行します。30分×3の構成。例題は100字程度とします(あまり長いと学生が引きずられる)。解説は5分程度。演習は200~400字程度の小レポートとし、20分以上の時間を確保します。レポートは必ず回収し、採点します。これを3~5週繰り返します。

一部の学生が演習を白紙提出するようなら、もう少し親切に出題する必要があるでしょう。具体的には、「**について標準的なジェンダー論の見解を簡潔に提示し、さらにパターンAを踏襲し理論と現実の齟齬について個人的な体験を絡めて論じなさい」というように、題材と構成を指定します。

自分の結論を建前論と整合させる必要がないことは、小レポートの採点によって示すのが確実。こんなレポートにも「優」をつけています、とプリントにして配布します。優等生的、結論保留、居直り、など主なものを各1~2通ずつ。意外に素朴な内容なので、学生は安心するでしょう。これを繰り返します。

数週間経つと学生はだんだん経験談などがネタ切れになってくるので、次の講義までの1週間、自然とジェンダーに関心が向くかもしれません。なお「葛藤」2週目以降の例題は、前回のレポートで学生の踏み込み不足や見落としが目立った事柄に焦点を当てて、ネタ切れに頭を抱える学生にヒントを与える内容とします。

最後に、題材やパターンの指定を外し、分量をA4用紙3~5枚程度まで増やして、期末レポートとします。過去の小レポートに書いた内容を組み込むのもOKとします。パターンA~C以外の「葛藤」には10点程度のプラス評価を行う、などとアナウンスしてみてもよいでしょう。

6.

ガイダンス1回、知識3回、定石3回、葛藤3回で最低10回。できれば1,4,5,5の全15回。いずれにせよ半期で扱うにはたいへんな内容です。

個人的にはやはり、入門を謳う半期の講義なら、「優等生の答」を確実に書けるようにするまでを目標としたいです。教科書的な見解を誤解して、意味のない葛藤をしたり、ズレた批判をしたり、そうした無駄って世の中に多いじゃないですか。半年くらい、きちんと時間をかけて取り組む価値があると思うのです。

その他、実践で問題となるのが、レポートの返却。その時間を確保できそうにない。もし可能であれば、学籍番号順に座席を指定し、演習中に机間巡視しつつ返却する、といった手段が考えられます。また学生の人数が多い場合、レポートの採点が不可能となり、上記の授業案は到達目標の後退を避けられません。

7.

二年目以降は、なるべく「こうするべきだ」という結論を出さない、分析に徹した授業をした。答を求めて混乱する学生もいたが、自分の言葉で書く学生は増えたように思う。

大野さんの授業について、私がひとつ疑問に思うこと。それは「大野さんの授業に参加した結果、「自分の頭で考える」ことができるようになった学生が、いったいどれだけいるのか」です。

昨年の講義のテープ起こしを配布し、「これを読んで、感想をレポート用紙3枚にまとめてください」と指示したって、レポートの質は少しも変わらないのでは? 興味深いレポートを書ける人は書ける、書けない人は書けない。そしておそらく、半年後には大半の学生がレジュメの内容をほとんど忘れ去っているでしょう。

大野さんの工夫は、学生のアウトプットを調整するため、インプットするデータに手を加え、能力の有効活用を図るもの。それはそれで有意義だと思う。

でも、能力不足の学生にスキルを与え、慣らし運転をさせ、思考のアリ地獄から引き出し、価値観のアンバランスを解消する、といった、「できない学生」を「できる学生」に育てる発想が、もっとあってもいいのではないでしょうか。

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