一読ずっこけた記事。
当然ながら、満員電車問題については経済学者が過去に何度も研究を行っている。
簡単に結論を書けば、「鉄道の運賃が規制によって抑制されているので、需要過剰、供給過少に陥っている」のだ。例えば通学定期券や通勤定期券。いちばん混雑する時間帯に鉄道を利用する人に割引サービスを行うのだから、これほど馬鹿げた話はない。
運賃が高く鉄道が儲かる事業だったなら、複々線化も地下鉄化もこれほど時間のかかる話ではなかった。埼京線のようなドル箱路線については、私鉄の新規参入によるバイパスルートの開発だってありえたろう。地価が10倍になったのに運賃は3倍というのでは複々線化も新規参入も難しいのは道理だ。
より根本的には、日本では職住隣接が進んでいない、という問題がある。日本の大都市の中心部には2~3階建ての一戸建て住宅や小さなアパートがひしめいている。土地需要の高まりに合わせて相続税の控除枠が拡大されるなど、「いくら金を積まれても引っ越す気はない」という人々の気持ちを重視し、土地の有効利用を軽視する社会なのだ。
一方、対面コミュニケーションが重要な第3次産業が日本経済に占める割合はますます高まっており、オフィスが都会の中心部に集まるのは必然だ。インターネット関連企業さえ東京に集まるのは、経済的なメリットがあるからに他ならない。
しかし都会の土地の大部分は土地を手放す気のない住人と地主が非効率な利用形態で塩漬けにしている。流動性のある僅かな土地は、過少供給ゆえに価格がつりあがり、生産性の高いオフィスや金持ち向けの高級マンションしか新規に入り込めない。そして交通費が安いので、雇用者は交通費を負担しても被雇用者を郊外に住まわせるのが合理的である。
欧米で通勤ラッシュが日本ほどひどくないとすれば、それはまず都会の中心部に多くの人が暮らしているからであり、さらに混雑する時間帯の運賃を高くするといった合理的な制度が導入されているためである。
この考え方は、応用範囲が広い。都市のゴミ問題、上下水道整備、いずれも「価格が規制されている」ことが問題の「解決」を不可能にしている。道路だってそうだ。渋滞している高速道路こそ、料金を上げなければならない。無論、価格が規制される理由はある。それは結局、人間の身勝手さ、不合理な思いに行き着く。
勝手に上がった地価のせいで相続税が払えなくなり、自分が産まれてからずっと暮らしてきた土地を離れなければならない。その悔しさ、理不尽だと思う気持ちは、私も共感できる。通勤定期券、通学定期券がなくなるなんて許せない、その気持ちもわかる。
ただ、それらのために私たちが支払い続けるコストについても、きちんと承知してほしい。
なぜ、何十年もの間、日本で満員電車の異常な混雑が続いたのか。なぜ、おかしいと声を上げる人がこれほどまでに少なかったのか※2。政治家も、労働組合も、普通の人々も、マスメディアに慣らされて、人気のある情報に気を取られている。身近な問題には関心が向かない。けれども、身近な問題に対して、きちんと声を上げなければ満員電車のような信じられないことが何十年も改善されずに続くのである。
精神論にはうんざりだ。生活に密着した話題だからこそ庶民のエゴと無理解が問題の解決を阻んでいるのだ。ちなみに通勤地獄は徐々に緩和されている(参考:三大都市圏の最混雑区間における平均混雑率・輸送力・輸送人員の推移/国土交通省)。
余談だが、1973年にはストによるダイヤの遅れと大混雑にブチ切れた乗客が暴徒と化し、国鉄の車両と駅を次々と破壊・放火している。物を壊し人を傷付けても何の解決にもなるまいに。庶民様は悪行の記憶をすぐに忘れる。大阪人や韓国人を嗤う関東人は暢気すぎる。無関係のタクシーにまで石を投げ、売店の金品を強奪し、駅員を拉致・虐待したのは誰か。凶暴な血は自らの内にも流れているのだ。
多くの鉄道事業者は「公共」輸送を担当しているので、独占的な事業者として外部の声に耳を貸さず役所と同じようになりがちです。
そもそもどうして鉄道が事実上の独占事業者となってしまうのか、それを考えてみれば視野が開けるものを。ようは新規参入したら儲からない運賃設定になっているのだ。ネックは土地代だ。よって現在の運賃では複々線化も(ほんの少しずつしか)できない。
JRは少なからぬ普通列車にグリーン車を導入している。混雑が嫌ならグリーン料金を払えばいい、というわけだ。グリーン車の利用者が少なく、せいぜい15両中2両という状況がちっとも変わらない様子を見ると、混雑緩和に金を払う利用者なんて少数派なんだろう、という感じもする。
鉄道の運賃を自由化しても、状況は全く変わらない可能性はある。京成のモーニングライナーやイブニングライナー、西武の特急など、かなりの人数が納得して追加料金を払っている事例もあるわけだが……。まあ、現状でも鉄道の運賃は届出制という緩やかな規制に過ぎず、市場はきちんと機能しているのかもしれないな。