4月某日、お城から西へ通じる街道を駆ける私の背中に、無言PT誘いを下さった方がいました。そのとき私にはやりたいことがあったので、いったん誘いを断り、「そういえば忘れていたな」と、ひとりプレイ表示をしました。そうすれば、パーティー勧誘を遮断できるのです。
しかし、夕陽に向かって走るうち、かつて自分が無言PT誘いをしていたときの切羽詰った気持ちがよみがえってきました。だんだん不安が募ってきた私は、いまきた道を戻ることにしました。
すると、私を誘って下さった方(以下Dさん)は、モンスターの脅威から逃れるように、ひとり石柱の影に隠れていました。
レベル上げのお手伝いをしつつ、断片的な言葉を交わすうち、Dさんの孤独が、次第に見えてきました。
まずキーボードがないから、コミュニケーションのコストが高い。そしてプレイ時間が限られており、少し休んでいる間に出発地点の山村は空っぽになってしまった。そんなわけで、日々PTに誘ってくれるようなフレンドは、とうとう作れなかった。
Dさんは打たれ弱い魔法使い。復活呪文を使えるレベル10以上のプレーヤーがほとんど通らなくなった道を、何度も何度も死につつ走って中継拠点へ。さらに苦難と呪いの大地を越えて一人でお城までやってきたけれど、いまだ右も左もわからない。
Dさんは説明書の重大な訂正事項を知らず、「地図が表示されない。リモコンが故障した」と悲しんでいました。「いまどんな設定」がわからず、Dさんにとって「いまどんな設定」のマークは意味不明の図形でした。
MPはすぐに切れてしまう。だから短剣で、かなり格下のモンスターと死闘を繰り返してきました。とにかく戦って、戦って、死ぬたびに減っていくお金から、宿屋の泊まり賃を何とか捻出してきたのでした。
唯一の頼りだった説明書にも、お城から先の地図はない。心細い。しかし初心者マークをつけているだけでは、だれもPTに誘ってくれない。行き詰った。Dさんの無言PT誘いは、かつて私が発したSOSと同じもの。まさかお城の先まできて……それが私の浅薄な思い込み。いつか受けた恩は誰かに返さねばならないと思ってきたはずなのに、危うく恩を仇で返すところでした。
さて、多くの時間を費やしてレベル10を超えるに至っていたとはいえ、基礎的な知識を相当に欠いているとすると……案の定、Dさんは預かり所クエストを受けていませんでした。物語の進め方が、よくわかっていない。「全てのNPCに話しかける」という基本を欠く。よくわからない施設には近寄ってもいない。当然、預かり所の方とも話しておらず、預かり所クエストを受けていない。そもそも預かり所とは何か、わからない。
以下、この日のプレイ内容。
Dさんが、DQXを楽しんでいなかったとは思いません。魔物が闊歩し、腕自慢がそれを狩り続ける世界。心細くなり、悲しくなり、ときに怒り、絶望さえするのは、当然のことです。
他の冒険者とのコミュニケーションが困難になる呪いをかけられたか弱き魔法使いは、村に置いてけぼりにされても、今日までへこたれることなく地道に腕を鍛えてきました。Dさんの戦歴に、街道沿いには生息していないバブルスライムがあったのは、Dさんがフィールドの隅々まで探索してきた本物の探索者である証拠。
巨人の肩に乗って、それを自分の実力と勘違いしがちな私と違い、真にあらゆる困難に直面し、道を切り開いてお城の西の街道まで到達したDさんこそ、冒険の醍醐味を知る者である。
それでも……最高の「冒険者ロールプレイング」を体験できたのだとしても、一人で戦うには荷が重いモンスターが闊歩する街道で、道ゆく人々にSOSをスルーされ続けた気持ちを思うと、私は胸が張り裂けそうになりました。もしこの身が二つあるのなら、先輩としてではなく、同輩としてともに旅をしたかった……。
DQXは「MMORPGの間口を大きく拡げた、初心者に優しい作品」だと私は思ってきました。相対的にはおそらく、その通りなのだと思う。しかし絶対的にはどうなのか。Dさんとの旅は、私の物差しを修正する好機となりました。