学科の教え方

毎日5ページずつやっていけば余裕で終るはずなのになぜできないのか? なんてお嘆きのお父さん、お母さんが多いわけですけれども、そりゃ子どもの自主性なんぞに期待する方が悪い。

対策

対策はあるんです。

親子で一緒に勉強すればいいんですね。毎日たった5~10ページでしょう。何も、塾になんか行かせることはないんです。

なぜできない?

私は塾で生徒を教えていましたけれども、仕事が忙しいとか何とかいってですね、結局、仕事が好きなんですよね。だってそうとしか思えない。せっかく稼いだお金を何に使っているのかと思ったら、授業料のバカ高い個別指導塾の受講料になっているわけです。

そんなもの、残業なんてするのをやめて、自分で子どもを教えた方がいいんじゃないですか。個別指導塾は生徒と講師の比率の問題で値段が高いのであって、教えているのは素人ばっかりです。そこらのおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんがたった180分の研修を受けただけで「講師でござい」とやっている。これ、本当ですよ。

だからぼったくりみたいなものなんですけれども。

やっぱり親子

まあとにかく、親が勉強嫌いなら子どもが勉強嫌いでも当然であって、自分が頭悪いとわかっている子が親に簡単な質問をして返事が頓珍漢だったときの絶望というものを、なんで大人は理解しないのか、私は不思議でならない。

たいていの子は、きちんと指導すれば、上手下手はともかく何とか自力で作文が書けるようになっていく。ただ、その指導というのは、「書け」と命令することではない。「宿題をやらなきゃ馬鹿になる。お前の人生はオシマイだ」と脅かすことでもない。「あんたのためにいってるのよ」と恩着せがましくいうことでもない。

これは「作文がつらいわけ」からの引用ですけれども、英数国理社だって同じなんです。口うるさく何かいったって、そんな口先だけで人を動かすなんてできるもんか。子どもだって人間なんですね。それをバカにするな、と私はいいたい。

「勉強しなさい」という前に

まず親が勉強しなさいよ、ということです。既に親より子の方がお勉強の点で上をいっているなら、頭ごなしに叱っても逆効果。子どものくせに、と思うかもしれないけれど、子どもの方はそう思ってはいない。「子どもなんて、そんなものだよ」という諦観から再出発しないといけない。

ぜひ、ご一読ください。

(2006-08-14)